<23・独りきりのケモノ>

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「愛してくれ……」  情けない、結局矮小でしかなかった一人の男のもの。 「愛してくれ、ああ、愛してくれ……我を、俺を、どうか……!我は何も悪くない、ただ愛されたかっただけだ、なのにどれほど求めても愛してくれる者はいなかった。誰も俺の欲を受け止め、愛を満たしてくれる者はいなかった……今も昔も、ずっとずっとずっと。神になれば、万能の神となれば誰もが俺を一番に愛してくれるはずだったのに、俺は、俺は……!お前は、なあお前なら愛してくれるか?くれるんだろう……?」  殺してやる、くらいのことを思っていたはずなのに。己がまさに消されていくことにも気づかず、愛欲しか見えていない男はいっそ哀れなほどだった。  怪物としての肉が消えていき、最期は人としての身体にまとわりついた僅かな触手と、股間から生えたおぞましい肉だけを残すばかりのとなった“元・神様”。それに対し、楓は抱かれながら、凄絶に微笑んでみせたのである。そう。 「んなわけあるか。てめぇは一生独りぼっちだよ、クソ野郎」  愛を与えられたと信じた老人の眼が、絶望に見開かれ。やがて、その僅かに残った裸の肉も砂のように崩れて消えていく。ずるん、と尻から抜けていく触手に、楓は大きく息を吐いた。どさり、とそのまま床へと落下する身体。全身がぎしぎしと痛むものの、まだどうにか歩くくらいのことはできそうだ。  やっと。多くの少年達を、人々の心を弄んだ邪神が消える。このおぞましい学園の実態もいずれ、世間に明らかになることだろう。 「あ、あぁ……!」  眞鍋は崩れ堕ち、頭を抱えて蹲った。楓が首謀者であると気づいても良さそうなものだが、彼女は楓の方を見ることもなかった。ただ呻き、嗚咽を漏らしている。それは一体、どのような涙であるのだろう。  怪物の趣味なのか、楓は下着以外は何も脱がされていなかった。服を整え直していると、途端全身に疲労が来る。特に、酷使された下腹部が今になってじくじくと痛み始めた。よく見れば、僅かに血が滴っている。腹の中に傷がついたかもしれない、と思うと実に忌々しいが。 「楓!」  そして、階段を駆け下りてくる音。差し込む光と共に、暗く冷たい地下の扉が開かれる。  真っ先に駆けつけてくる人物が誰であるかなど、今更問うまでもない。 「ステイ」  駆け寄ってきた愛しい少年に、全身で抱きしめられて――楓はそっと、幸福に目蓋を下ろしたのだった。
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