雪降る町の禍つ剣

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大陸北部の町、イースは氷加工業で栄えた町だった、そうだ。今となっては栄華の面影などほとんど残っておらず、降り積もる雪の中に斃れた。だから、これからする話は私が実際に体験したものではなく、伝え聞いた話だ。祖母アイノが若い頃に経験した、私にとっては歴史でしかない、イースの栄光と衰微の物語である。 ❅  鑿で氷を削る音は、他の町の人間が考えるほど澄んではいない。骨を折った時のような、湿ったものがひしゃげる音がする。幻想的な造形物を作るからといって、工程まで現実離れしてはいないのだ。しかし、飛び散る氷片は確かに異様に綺麗で、いつまでも眺めていられる。  イースの氷は溶けない。溶けない氷、というのは不可解なものなのだそうだ。外から来る行商人が言っていた。イースに降る雪は、雪のうちは溶けるが、固まり、氷になると溶けなくなる。そういうものだと思っていたので、反対に溶ける氷があるということに驚いた。  イースの氷からは調度品や装飾品などが作られ、熱帯・亜熱帯地域へと出荷される。硝子のような透明度と、鋼に比肩する硬度を誇る氷は加工が非常に困難である。しかし、そんな氷を切り出し、加工しなければイースはすぐさま凍てついてしまう。以前はあちこちで篝火を焚き、凍る前に溶かしていたそうだが、氷加工技術が発達して以来その必要もなくなった。  調度品は冷房装置としても利用されるのだという。私たちはなけなしの木々や、動物の糞を燃やして必死に暖をとっているというのに、違う場所では必死に寒くなろうとしている人々がいるというのは不思議な話だ。
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