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喪失
【昨日18時20分頃 札幌市中央区※条※丁目にある大型ショッピングセンター前の横断歩道で、近くに住む介護士の成瀬那智さん(33)が左から来た乗用車にはねられ、搬送先の病院で死亡が確認されました。 乗用車を運転していた市内在住 会社員の男性(52)は軽傷で、その場で逮捕されました。 事故原因は歩行者優先道路での安全確認を怠った一時停止無視と、スマホを操作しながらのながら運転だったという事です。】
那智の死は、交通事故だったこともあって実名で報道される事となった。
いつも彼女の周りには沢山の人が集まる。
好奇心旺盛で、明るくて、活動的で。そんな彼女が笑うと、周りを明るく照らした。だから何処に行っても、目立った。なのに彼女自身は、それとは裏腹に目立つことを極端に嫌う。
だから本当は、報道もされたくなかったはずだ。
以前から「自分が死んでもお葬式とかしないで」って言ってた彼女の言葉に従って、家族だけで弔った。
最愛の妻を突然失った俺は、悔しくて、悔しくて、悔しくて…その怒りをどこにぶつけていいのかも分からない、絶望の中にいた。
生前の那智は、医療や事件捜査、法廷ものなんかのドラマや映画が好きだったから、よく隣で一緒に観てた。すると、とにかくよく泣く。しかもそのポイントがよく分からない。付き合いたての頃は全く謎だったけど、付き合いが深まっていってようやく分かった。
彼女はいつも、当事者だけじゃなく描かれていないその家族にも想いを馳せていることを。ただの娯楽で観れば楽なのに、彼女は時には犯罪者の気持ちを想像し、時にはその家族の生活すら想像した。
それは、実生活でも変わらない。
どんなに嫌な人に会って辛い目に遭っても、彼女はこう言うんだ。
「私はあの人が大嫌いだけど、あの人の事が大好きな人も、あの人を大切に思う家族もいるから…だからきっと、あの人も必要な人なんだよ」
そう言って体育座りで泣く彼女を、俺は一生守ってやろうって思ったんだ。
そんな那智だから、俺が加害者に怒りをぶつけようとするのを嫌がるだろう?
だけどごめん、那智…俺はそんな優しくなれないよ。
できれば加害者を、那智と同じ目に遭わせてやりたい。そいつをなぶり殺してやりたい!とさえ思う。
…だけど一度も顔を出さない、謝罪すらしに来ないアイツの事は顔も知らない。顔も知らない人間を、俺は想像の中で何度も何度も殺した。
何度も何度も、何度も何度も、何度も何度も…
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