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旧式のレコードプレーヤーからはジャズ音楽がかかっていて、今日の雲雀はご機嫌だということがわかる。この家で共に暮らしていた頃、機嫌の悪い夜はクラシック音楽と決まっていた。そんな機嫌の悪い雲雀は扱いづらく、その日の潤一郎に良い思い出はない。
雲雀群童と言えば画家、音楽家、パフォーマーであり……いわゆるエキセントリックな芸術家として世間に知られていた。派手な容姿に年齢すら不詳な彼は何を考えているのかもわからない。
家政婦が潤一郎の前に高級なグラスに入れたオレンジジュースを置いてリビングから出てゆく。二人きりのリビングで、雲雀は笑顔で彼を見る。何かある、こんな表情をした雲雀はいつも決まって何かと面倒なことを言い出すのだ。
「今日はなんですか、雲雀先生」
「頼みごとがあってね?」
「ああ……」
ほらやっぱり、ため息をついて下を向いた潤一郎を雲雀は声を立てて笑う。
「そんな嫌がることはないだろう、面白いことを思いついたんだ」
「何が面白いんですか……」
「なんだと思う? おい、いと! 出てこないか」
「いと?」
誰かを呼ぶ雲雀、いと、だなんて愛玩動物の類だろうか。しばらく無言が続く中、静かに二階の客間の扉が開く。螺旋階段をゆっくりと降りてくるロングドレスの女性。肩まで切りそろえられた髪に花をあしらったアクセサリーが似合っていて、化粧気はないものの素顔でも彼女は十分に美しい。
「紹介しよう、いと。こちらは水無月静潤先生。君もよく知っているだろう? 画集を飽きることなく見ていたね」
「……初めまして」
その声で潤一郎は気がついた。目の前にいるのは彼女ではない、彼であると。
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