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楽園
「やめてくださいよ、突然先生が来たら生徒が動揺しますから」
「なんだそれは、ボクは雲雀群童だぞ」
「だからですよ、いまのアーティスト志望者には雲雀群童に勝るパワーワードはありません」
潤一郎が絵画教室の講師に出かけるという日、雲雀が一緒に自分も行きたいと言って諦めない。しかし寝間着姿でさえも目立つその存在を皆になんと言ったら良いのか。服は地味なものに変えたとしても、その真っ赤な髪だった。バンドマンの類だと言って誤魔化せても一言口を開けば訳のわからないことを言うし、体験入学にしてはアーティストとして完成されすぎている。
「はああーつまらないな! こんな田舎の家に閉じ込められて好きにお出かけもできないなんて」
「誰も閉じ込めてなんか無いですよ、雲雀先生は自由です。騒ぎさえ起こさなければなんだって」
「ボクは君が思っているよりもお祭り人間では無いよ」
「そうでしょうかね、今や国内外の有名人じゃないですか。雲雀群童、誰だってその存在感には一歩引きますよ」
「いとは知らなかったけれどね」
そのいとは台所で何か悩んでいるようだった。なにやら良い香りがするところを見ると料理の勉強でもしているのだろう。
「とにかく、ついてこないでください。そもそも雲雀先生お仕事はどうしているんですか? こんな遊んでばかりいる訳にもいかないでしょう」
「その辺はどうにでもなるんだよ」
潤一郎は雲雀に構っている時間はなかった。服装を整えて荷物を確認して、そして足早に玄関まで。雲雀はそれでもあきらめずに潤一郎の後を追いかける。
「水無月静潤の仕事を見たい」
「……今度描きます、いとのラフもまだですし」
「潤一郎!」
「いってきます、午後には帰りますから」
半ば強引に雲雀と別れて、潤一郎は時間通りに家を出た。置いていかれた雲雀は頬を膨らませて、じっとりしながら居間に寝転ぶ。
「……おい、いと」
「なんですか? そんなところに寝ていたら邪魔ですよ」
「君もボクを邪魔者にするのか」
「別にそう言う訳じゃ……どうかしたんですか?」
「潤一郎の絵画教室はどこにあるんだ」
「駅前の、なんとか、アート……ああ、ここに名刺があります」
いとの手から名刺を奪った雲雀はニヤリと笑う。いとは戸惑いながらも台所に戻って行った。
「いと、ボクは少し出かけてくる」
「はあ、お仕事ですか?」
「そう、これは興味深く重要な仕事だよ」
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