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「あー、宇野!」
その大きな声にうんざりしながら、俺は顔をあげた。
あれから二週間が経つ。俺は何度も男の襲撃にあっていた。今週に入ってもう三回目だ。
昨日なんて、食堂に入ってきた友達二人と目が合ったのに、彼らは鷹城がいるのを見て他所のテーブルに座ってしまった。ショックだった。
その後、鷹城について訊かれ迷惑しているとは話した。だが鷹城は常に上機嫌で、俺に懐いているように見えるせいなのか、みな話半分で受け取ったようだった。
鷹城は親子丼定食のトレイを真向かいに置くと、なんの躊躇いもなく席につく。
「思ったんですけど……、そっちは友達と食べないでいいんですか?」
鷹城の仲間は、今も同じ食堂内にいる。それが気になっていた。
「ああ、いいって別に。俺だって宇野が見当たらないときは、あっちで食ってるし」
「……そうですか」
「なぁ……敬語、やめない? よそよそしいっつーか」
「無理です」
喋ることだけは得意なのか、食している最中もなかなか会話が途切れない。俺は大抵聞き流して相槌を打つだけだったが、鷹城はそれでも楽しいようだった。
俺は既視感を感じ始めていた。
高校の時も、鷹城と似たようなタイプ……、クラスの中心的な存在の友達にさんざん連れまわされたことを思い出す。はたから見れば仲良く見えたのかもしれない。だが俺は自分の意見を飲み我慢し続けていたと、今になって思う。
大学に来て、本当に気の合う友達に巡りあって、交流も落ち着いてきた。それなのにまた似たような思いを繰り返すのは、絶対に嫌だった。
「宇野ってさ、一人のときも、ちゃんといただきますってしてるよな」
ださいと言われたような気がして、俺は頬が熱くなった。
「いけないですか」
「いや、すげーいいなって思って。魚の食べ方も綺麗だし」
なぜそんな部分を褒めてくるのか疑問だったが、俺は会話を発展させる気がないので、黙っていた。鷹城を一瞥した後、すぐ皿に視線を落とす。
「おまえって、好き嫌いないの?」
「特にないです」
「なあ、ほんと敬語やめようぜ。もう俺達初対面でもないじゃん。まさか友達とも敬語で話してんの?」
「友達とは普通です」
「じゃあいいだろ」
俺は頷く気などなく……、やはり無視して、米を咀嚼していた。
「今日も機嫌悪いのか?」
数日前の昼、鷹城の態度に苛々してそんなことを言った。言ったからといって、鷹城は遠慮などしてこなかったが……。
とにかく秘密も握られているので、円満に疎遠になりたいところだ。しかしそれだけのことが、どうしてもうまくいかなかった。
「気晴らしに、今度どっか……行かない? 二人でさ」
俺は頭の中にたくさんの疑問符を浮かべながら、味噌汁をすすった。鷹城と出掛けたら、気晴らしどころか余計ストレスをためて帰ってくるだろう。この二週間で確信をもてた。ため息混じりに言う。
「あの……、俺、喋るほうじゃないし、どこか一緒に行っても楽しくないと思います」
「何言ってんの? おまえ」
鷹城はなぜか声を上げて笑い出す。俺は馬鹿にされた気がして恥ずかしくなり、早くこの場から去りたいと思った。急いで残りの米を食べ始める。
「なあ、彼女は? いないんだよな。好きなタイプってどんな?」
無視して鯖の竜田揚げを口に運ぶと、鷹城は言う。
「俺はさぁ、派手でおしゃれに気を使ってて、可愛い子……が好きだった。でも、最近趣味変わったんだ」
「へえ」
「なんつーか……、真面目っていうか地味っつーか。パッとしない? みたいな。そういう子のほうが、いいなーって思い始めてさ。こんなに変わるなんて、自分でもびっくりしてんだけど」
「それって単に、派手な子に飽きたってことでしょう」
「うっわーやな言い方。そうじゃなくて、急に目覚めたっていうかさ。巡りあわせっつーか、運命っつーかぁ。ほんと恋って、理屈じゃねーなって思って」
ニコニコしている鷹城が、なぜだか癪にさわる。こいつの恋愛自慢など聞きたくもなかった。
「俺と話してる暇があったら、その運命の子と飯くえばいいと思いますけど? その子、大学生じゃないんですか?」
「ん? おお……、そうだな」
「俺、準備あるんで。じゃ」
観察されていると思うと居心地が悪く、俺は手も合わせずに席を立った。
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