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「おい! ちょっと、おい!」  四時限目の講義が終わり、バイトへ行こうと玄関に向かう途中だった。俺は鷹城の声を聞いて、小走りに駆け出した。うんざりしていた。 「逃げんなよ!」  昼食中、やはり意味もなくこっちを眺めてくるので、俺はどんどん鷹城のことが苦手になっていった。  一人で話していることに飽きたのか、近頃では質問ばかり浴びせてくるので不快だ。  メニューを選ぶ段階から一緒だった場合、奢ってくれる。そこは唯一いいところだったが……。  俺の友達は、俺と同じで鷹城のようなタイプとはつるまないから、遠くから傍観しているだけだった。いまのところ間柄に大きな変化はない。しかし、このまま友達と過ごすはずだった時間、もしくは読書にふけるはずだった時間を鷹城に取られてしまうのは納得がいかない。鷹城との関係を断ち切りたいと焦っていた。  最近では待ち伏せされているんじゃないかと思うほど頻繁に、鷹城に遭遇していた。 「おい! 待てって! 聞いてんのか!」  行く先のT字路。大きなボードを数人で担ぎ移動させているところに、鉢合ってしまった。俺は諦め、仕方なく立ち止まった。  予想通り、後ろから強く肩を掴まれる。ため息をつきながら振り返った。 「宇野、今、目ぇ合っただろ。無視すんじゃねーよ」 「先週、無理やりカツ丼食わされそうになったから」  もうこの頃は、敬語を使うのも面倒になっていた。 「無理やりじゃないだろ。おまえ、カツ好きだって言ってただろうが」 「だから、俺はバイトがあるって言ったのに」 「一週間全部なんて嘘だろ。なんなんだよおまえ、ムカつくんだけど」 「別にカツ丼なんて食べたくない」 「……カツカレー好きだって言っただろ」 「カツ丼とカツカレーは別物で」 「一緒だろ。カツが入ってるんだから」  俺は再び、大げさにため息をつく。 「もうこの時点で意見が合わないし……。俺と一緒にカツ丼食べたって、ちっとも美味しくないと思うけど」 「はぁ?」 「いちいち触るなよ」  そう言って、肩に触れていた手を払い落とす。 「じゃあ、何が食いたいんだよ。なんでも好きなもん言えよ。連れてってやるから」 「別に何も」  ようやく目の前のボードが消え廊下が開けたので、俺は右に曲がって歩き出した。 「おい、好きな食いもんくらいあるだろ」  並んで歩く鷹城を一瞥する。 「言いたくない」 「なんで?」 「バイト休んでまで、なんで鷹城に付き合わないといけないんだよ」 「………おまえ、先週の月曜日、バイトだからって断ったくせに、図書館に残ってただろうが。知ってんだぞ」  鷹城の声はいつもより少し低い。 「それはっ……。学生らしく勉強してただけだよ。なにが悪い」 「俺に嘘つくなって言ってんの」  俺はついに耐え切れなくなって、立ち止まる。息を整えて鷹城をまっすぐ見据え、言った。 「あのさ、鷹城って鈍感すぎない?」 「鈍感って……何が」 「はっきり言うけど……、悪いけど、苦手なんだよ。仲良くなるのって難しいと思うし」 「は……?」 「だから、苦手だって。ごめん。こんなふうに……面と向かって言うのもあれだけど……。鷹城、全然気づかないから」 「まっ……、待てよ俺、おまえになんかした? ……まあ、カツ丼はちょっと強引だったって、自分でも思うけどよ。だっておまえ、何も自分のこと教えてくんねーし……、連絡とりようねーじゃん。ここでだって無視するし。じゃあどうすりゃいいんだよ」  鷹城はさすがに怒ったようで、やや口を尖らせた。するどい目つきに怯みそうになりながら俺は続けた。 「俺、もうあのバイトのこと思い出したくないんだよ。早く忘れたいんだ。なかったことにしたい。鷹城の顔見ると、どうしても思い出すだろ。だから無理なんだ」 「なん…っ…だよ、それ。忘れたいって……、何」 「そのままの意味。だから、一緒に飯食うのもやめにしたい。俺、友達と……、食べたいから」 「なんだ、俺まだ友達じゃなかったんだ」 「そう……、だと思う」 「一人でいる時なら、飯、いいって言っただろ」 「俺はいいなんて言ってないよ。鷹城が……、勝手にそう解釈しただけだろ」  鷹城は、深く眉を顰めてこっちを見ていた。もう睨んでいると言ってもいい。  どう言えば伝わるのか悶々と考えていたが、先に鷹城が口をひらいた。 「ま、迷惑ってことはわかったわ……。じゃあな」  目を合わせずにそう言って、あっさり身を翻し、反対方向へ歩いて行ってしまった。  事が起こったのは、その次の週だった。 「何、痛いって」 「すぐ済むから、ちょっと来いよ。会わせたいやつがいるから」  帰り際、強引に連れて行かれたのは、別の建物へと改装工事をしている、旧講堂だった。  工事の時間は決まっているようで、今の時間、人はいない。  幅広い廊下をぐんぐんと突き進み、ホール脇の男子トイレに入る。 「え、えっ?」  なぜか個室に押し込まれた。頭がついていかず混乱していると、鷹城の手が、おもむろに俺の首に触れた。熱い。  ドアは鷹城の背後にある。  俺は恐怖を感じていた。  天井の電気はついておらず、奥の窓から西陽が、かすかに差し込んでいるだけだった。個室内には、間接的にしか光は届かない。薄暗かった。 「……鷹城」 「忘れたいって言ってただろ。手伝ってやるよ」  その後、信じられないことに顎を掴まれ、唇が重なっていた。一瞬何が起きたかわからなかったが、どうやらキスをしているようだ。  途中で我に返り、思いきり鷹城の肩を押して離れた。 「なっ……なにすんだよ……、ふざけるなよ。退けって」  また口付けられる。今度は長かった。やがて舌らしきものが俺の唇を舐めてきて、その感触にゾッと鳥肌がたつ。 「やめっ……、やめろよ!! 怒るぞ!」  かなり強めに怒鳴った。鷹城は俺の手首を片方ずつ握って、離す気配がない。 「あのバイトのことは、忘れられるぜ。もっとエロいことで上塗りしてやるから」 「は……」  肩を強く押され、便器に座らされた。とにかく何もかも唐突で、鷹城の行動がまったく予想できなかった。   鷹城は床に膝をつき、俺と向かい合わせに屈みこんだ。ベルトを外されチャックを下ろされ、あっというまに下着の中から雄を取り出される。  一瞬で、生温かい感触に包まれる。 (嘘だろ……!)  俺は思わず息を呑んでいた。信じられなかった。  鷹城は片手で雄の根元を小さく扱きながら、先のほうを口に含んでは、出し、そして舐めまわしている。俺は震える以外に身動きが取れなかった。  ただ息を詰め、その快感を受け止める。今までしたどんな性的行為より、感じていた。  歯を食いしばり、声が漏れ出そうになるのをどうにか堪えていた。そのうち、口に手を当てて抑える。鷹城はただ黙々と行為を続けている。  俺が達するまで、そう時間は掛からなかった。  なんとか声を出さずに終えることが出来たが、驚いたのは、鷹城がその……液にまみれた雄を、綺麗になるまで舐めて拭ったところだった。  頭痛がしていた。 「すげー早いな、気持ちよかったか?」  俺は何も考えられず、ただ呆然と俯いていた。やがて鷹城は立ち上がる。  それから……、己のベルトを外し始めた。チャックを下げる音が聞こえる。  嫌な予感がしていた。 「次はおまえの番。そこに膝ついて、俺の舐めろよ」  鷹城が指で示したのは、便器からドアまでのわずかな床面だった。
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