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第十話 策謀(4)
声が聴こえた気がして、はっとヘジュは振り返った。
ちょうどタシェリトを街の外、乗って来た葦舟の前まで連れてきたところだ。その間、襲撃などは全く無かったが、メネスが追い付いてくる気配は無かった。
「まずいぞ。じきに、夜が明けちまう…。」
東の空が白み始めている。間もなく、太陽が昇る。
死者の亡霊は消えるだろうが、それでメネスが戻って来られるとも思えない。
「おう、嬢ちゃん。」
頬を叩いても、タシェリトは、ほとんど無反応のままだ。
「…駄目か、仕方ねぇ。ここで大人しくしてろよ。わしはちぃと、あいつを迎えに行ってくるから」
「……。」
虚ろな目のまま、彼女は、聞いているのかどうかも分からない。
駆けだそうとしたヘジュは、一瞬、迷った。果たして、この状態のままの彼女を置いていっても本当に大丈夫だろうか。誤って川に落ちたり、誰かに連れて行かれてしまったりしないだろうか。
けれど、メネスのことも心配なのだ。
頭を抱えたまま、狒々は地団駄を踏んだ。
「あーもう! どうすりゃあいいんだよぉ、相棒!」
と、その時だ。
ふと、ヘジュは、川を勢いよく下って来る船があることに気が付いた。
木造船だ。喫水は浅いが、五人くらいは乗れそうな大きさがある。けんめいに舵を操っている大男は、誰あろうイブラーではないか。しかも舳先には、カエムワセトが手を振っている。
「おおい、ヘジュ様!」
「なんと。渡りに船とは、まさにこのことか」
イブラーが船を岸に寄せるのを待ちきれず、タドゥキパは、衣をたくし上げなながら水に飛び込んだ。水しぶきを上げながら、水辺の葦をなぎ倒して岸に上がって来る。
「お兄様は?!」
言いながら、彼女はヘジュのほうを睨みつける。ヘジュに対して腹を立てているわけではないのだろうが、凄まじい迫力だ。
「あ、あいつは、わしらを逃がすために残ったんだ。多分、…捕まった」
「何ですって?!」
「嬢ちゃんが、この状態のまんまなだよ」
座り込んでいるタシェリトに気づいたタドゥキパは、口元に手をやって座り込んだ。
「タシェリトお姉さま! …一体、どうされたんです? 何があったんですか」
「……。」
遅れて、カエムワセトが何か大きな荷物を背負って岸に上がって来る。
「どうした?」
「おい、神官。なんとかしてくれ。多分、何かの呪詛にかかってるんだ。お前んとこの月神は解呪は得意だろ」
ヘジュが、ぴょんぴょん跳び回りながらカエムワセトに言う。
若い神官はタシェリトに前に膝をつき、彼女の額に手を当て、瞳孔を確認したり、喉を見たりしてから呟いた。
「ふーん…恐怖で身体機能を奪うために恐ろしい幻を見せたんだな。酷い真似するもんだ。」
「何とかなりますの?」
「解呪は出来るか時間がかかる。今は――」
彼は小さく何か唱えて、タシェリトの額に、とん、と指を当てた。途端に、タシェリトの体から力が抜け、ふらりと倒れかかる。
「おおっと」
慌ててヘジュが受け止める。気を失ったようだ。
「強制的に眠らせた。――おい、でかいの!」
振り返って、カエムワセトはイブラーを呼んだ。
「タシェリト姉さんを頼む。都へ先に戻って、月神の神殿へ行くんだ。オレの名前を出して、解呪を依頼してくれ。オレたちはこれから、メネスのやつを迎えに行ってくる。」
「へ、へえ。けど…」
イブラーは、ちらと都のほうを見やる。
「殿下は、大丈夫なんですかね…」
「ああ。あいつは、そう簡単に殺されるような奴じゃない。」
真顔で言いながら、カエムワセトはちらりとタドゥキパのほうを見やる。
「オレとヘジュ様は死んだ人間しか相手に出来ん。悪いが、生きてる奴らは戦女神様に任せるぜ。」
「心得ましたわ。」
「アテはあるんだろうな」
と、ヘジュ。
「ここは死者だらけの都だ。まともに相手していたら、とても身が持たんぞ」
「ああ。」
彼は、にやりと笑って背中の大荷物を指した。
「奥の手を持ってきたからな。」
「何だ、そのデカいのは」
「まぁまぁ。開けてみてのお楽しみ、ってな。」
東から夜が去り、朝の光が届こうとしている。廃墟を徘徊していた影が次々と消えて行く。
「お、丁度いい頃合いだ。今なら楽に目的地まで行けそうだぞ」
「目的地? 王宮に乗り込むのか」
「まさか。」
カエムワセトの口調はどこかふざけているようでもあるが、目は真剣そのもので、表情は恐ろしいほど静かだ。抑えきれないほどの怒りを秘めたまま、ぎりぎりのところで冷静さを保っているような、そんな張り詰めた気配が漂っている。
しばらく歩いたところで、彼は足を止めた。
王宮から続く大通りが二本、垂直に交わる辺りだ。そのど真ん中に、背負っていたものを下ろす。
「ふん、ここならちょうどいいな。」
呟きながら取り外した背負子と布の下から現れたのは、木製の小さな祠堂だった。両開きの扉を開けると、中に鷹の像が入っている。
ヘジュは思わず目をしばたかせた。
「神像…? お、おい神官。こんなもん持ち出してくるとは…」
「まさか、ご本尊そのものじゃないぜ。こいつは神殿の本体からの分霊だ。とはいえ、これでもそれなりに力はある」
彼はいつも神像に対して行っている日課のお勤めのまま、慣れた動作で像に白い布をかけ、祝詞を唱えると、祠堂の扉を閉ざして立ちあがった。
「これで、よし。――さあ、月神コンスの聖域、『月の庭』の完成だ。ここは月神の小神殿。祠堂に神像、神官の祝福。完璧だ」
「って、ここ、通りのど真ん中でしてよ?」
タドゥキパは辺りを見回している。
「いくら廃墟でも、夜になれば…」
「だからいいんだろ? ほどよく邪魔で」
腕組みをしながら、カエムワセトは口の端を吊り上げる。
「夜になれば、通りを徘徊する亡霊どもは、必ずこの場所を通る。避けて通るのか、突っ込もうとするかは判らないけどな。少なくとも、無視だけは絶対に出来ない。”敵”を釣りだすには絶好の餌だろう? どうだい、ヘジュ様。知恵の神なら、このあとをどう読む」
「まず襲ってくるのは、生きた人間のはずだな」
と、ヘジュ。
「昼間に出歩く亡霊なんぞいない。タシェリトの嬢ちゃんを攫った生きた人間たちが真っ先に反応するだろう。」
「おっ、流石。オレも同じ意見だね。というわけで、戦女神の加護が必要なわけだが…さて、この急場ごしらえの小神殿が注目を集めている間、他のところはどうなってるかな?」
「ふん、お前にしちゃあ悪くない案だぞ、神官。」
ヘジュは、辺りの空気に鼻をヒクつかせている。
「…人数はそれなりに居そうだ。無茶はすんなよ」
「ああ。メネスを、――オレの大事な乳兄弟を、頼みますよ」
「任せとけ」
狒々は、ほとんど音もたてず瓦礫の向こうへと姿を消す。
「…ううう」
タドゥキパは、落ち着かない様子だ。
「お兄様…どうか、ご無事で」
「そのためにもオレたちが、敵をここに引きつけとかなきゃならないんだ。」
「分ってますわ!」
少女の目が、血のように赤く燃え上がっている。
「絶対に許しません…、よくも。よくも!」
「うっ」
カエムワセトは、思わず手を顔の前にやりながら後退った。
「…ちょっと闘気すごいんですけど。」
「ああーっ!」
いきなり、タドゥキパが叫んだ。
「誰かいる!」
「お、さっそく釣れたか?」
廃墟の連なる大通りの向こうに、亜麻布を頭からすっぽりと被った人間が、一人、二人と、こちらを伺うように立っている。
カエムワセトは懐から神官の使う短い錫杖を取り出しながら、低い声で言う。
「祠堂からあまり離れすぎるなよ。この近くに居れば呪詛の無効化くらいはしてやれるが、うちの守護神様は昼間はあまり積極的じゃないんでね。しかもここは異界の神の土地、月神の力もどこまで通用するか。」
「構いませんわ。呪詛など、かける前に殴り倒してやりますッ!」
「うーん、そうか。…聞きしに勝る性格だなぁアスタルテ女神っての…は…」
「てやーっ」
「…って、もう行くのか?!」
踊りかかってきた少女の攻撃を、亜麻布の一群は最初から予想していたようだった。さっと左右に広がって避けながら、動きを封じようと漁労用の網を投げつける。
「おい、まずいぞ!」
けれどタドゥキパはそれを器用に避け、手近なところにいた男にとびかかっていく。
「たあっ!」
顎の下からの強烈な蹴り。隣りの男の顔面に拳の裏をぶちこみ、体をくるりと回転させながら反対側の腕で別の一人をなぎ倒す。
「これは強烈だな…。」
戦っている少女を横目に、カエムワセトは祠堂の前に水盤を置き、香炉を並べ、せっせと「陣地」の強化を進めている。生きた人間相手にはほとんど効果はないが、人ならざる者からの攻撃には有効だ。そして、彼のしようとしていることの意味が理解できる者にとっても。
「…お」
タドゥキパの戦っているのとは別の方向から、じっと眺めている人物がいるのに気づいたカエムワセトは、錫杖を手に声を張り上げた。
「おい! そこのデカいの。お前か? 今回の不愉快な事件の首謀者は」
「……。」
返事は無いが、僅かに動揺したような雰囲気があった。それがカエムワセトを苛つかせる。
「かかって来ないのか? 異界の神の信奉者なら、ここにある神像を破壊しに来てみろ!」
「……。」
「はあ、だんまりかよ。…オレ、さすがに今回は手加減してる余裕は無ぇんだよなぁ…。」
「まだ、生き残りがいますのね?」
タドゥキパが駆け戻って来る。他の連中は、既に全部片づけたようだ。
「お前で最後よ!」
彼女は、一人残っていた背の高い人物めがけて飛び掛かっていく。
予想していなかったことが起きたのは、その時だった。
パシッ、と弾けるような音がして、見えない腕がタシェリトの体を弾き飛ばした。
「きゃうっ」
小さな悲鳴とともに、彼女は宙を舞う。
慌てて飛び出したカエムワセトが抱きとめようとするが、勢いが強すぎて、二人とも地面に叩きつけられる。
「う、…ううっ」
「! ご、ごめんなさい。どうしましょう、大丈夫ですか?」
背中を強く打ち付けたらしく、地面に大の字に伸びたまま、カエムワセトは空を見上げて呻いている。
「…オレの、ことはいい。敵は…」
「あっ」
振り返ったタドゥキパは、慌てて辺りを見回す。
「あっ、あら? 誰もいませんわ、どうしましょう。逃がしてしまいました…」
「逃げた…? う、くっ」
傷みを我慢しながら上半身を起こしたカエムワセトは、眉をしかめながら、さっきの男が立っていた辺りに目を凝らした。
確かに、そこにはもう誰もいない。そして、さっきタドゥキパが倒した連中も、いつの間にか、跡形もなく消え失せている。
動ける仲間が隠れていて、隙を突いて運び去ったのだ。
(さっきの術は…)
カエムワセトはまだ、さっきタドゥキパが弾き飛ばされた場所を睨みつけたままだった。
少女ではなく、その中にいる女神のほうを跳ね飛ばした。
――あれは、異界の神の技ではない。そして、その信奉者が絶対に使うはずもないものだった。
日が昇ってゆく。
それとともに、人の気配のない通りに延びた影が短くなっていく。
「…ヘジュ様、大丈夫でしょうか」
タドゥキパは、心元なさげに祠堂の周りをうろうろ歩き回っている。戦っている間についた手足の細かな傷にも気づいていない様子だ。
既に瞳の色は元に戻っている。神を憑依させること自体、そう長時間は無理なのだ。今は興奮の力で疲労を忘れていても、いずれ反動が来て、しばらく動けなくなるはずだ。
その前にヘジュが戻ってきてくれればいいのだが、と、祠堂の中の神像を思いながらカエムワセトは思った。
こんなところで夜を待つのは、ぞっとしない。
その頃、メネスは、暗い地下室の真ん中で膝を抱えて一休みしていた。
壁を探って、出口が無いことは判った。出口は一か所だけ、最初に放り込まれた場所だけだ。何か蓋をされているだろうが、砂をかき集めれば、ぎりぎりで手が届くかもしれなかった。日が昇れば亡霊たちは眠りにつく。それまで休息をとろうと思っていたのだ。
暗がりの中では、どれくらいの時間が過ぎたか全く分からない。
けれど、亡霊たちの気配が消えていくのは感じられた。
(…そろそろ、夜明けか?)
立ちあがろうとした時、頭上で、何やらごそごそと板を動かすような気配と音がした。
誰かが出口を開こうとしているのだ。
(誰だ?)
ズズッ、と小さな、四角い光が空に穿たれる。眩しさに目を細め、手を翳しながら、メネスは、吸い寄せられるようにそちらに近付いていく。
と、ふいに穴から、何かが放り込まれた。砂の上にボトリと落ちて来たのは、数匹のサソリだ。
「!」
思わず飛びすさる彼の頭上で、一度は開かれた光の窓が無情にも閉ざされていく。
「待て、何者だ?! どうして、こんな…」
暗がりの中、どこにサソリがいるか分からない。砂に転びそうになりながら、メネスは急いで部屋の端へ退避した。せめて隅のほうにいれば、遭遇する確率は減らせるはずだ。
「まだ沢山いるのですよ…」
頭上の板の隙間から、くぐもった声が聴こえてくる。どこかで聞いたような、女性の声だ。
「絶望を味わうには、こんなものじゃ足りないわよね…?」
さきほどメネスのいたあたりに光が差し込んで、再び、ボトリ、ドサドサッ、と音が聞こえる。黒い塊のようになった蠢く虫が、沢山の足をうごめかし、毒の尾を振り上げながら苛立ったように散らばっていく。
「殺す気なら、そうすればいい。何故こんな、手の込んだ真似を?!」
「機会を与えようという、神の慈悲です。あなた様は、我が敬愛すべき陛下の遺された経典を全てお読みになったのでしょう? 我らさえも自由に触れられぬ、光の神の御言葉を、全て。――ならば、あなた様は高慢な知恵の神などではなく、真なる神とともに在るべきなのです」
静かで、落ち着いた声には、どこか気品さえ感じられる。この雰囲気は、記憶にあった。つい先だって聞いたばかりの――
「まさか…」
太陽神ラーの聖域、イウヌで見えた案内役の老婦人。
「…サァトレー?」
一瞬の間は、肯定を意味している。メネスは愕然としていた。あの、穏やかで落ち着いた老婦人が、禁じられた異界の神の信奉者だというのか?
「どうして…貴方が…」
「無用と見なされ、王に捨てられた女の思いが、男のあなた様におわかりになられますか? 子を為せず、子授けの神々にもそっぽを向かれた、この役立たずの身の所在なさが」
頭上から降って来る老婦人の言葉は、一言ごとに自らの身を切りつけて、血を流しながら紡がれているようにも聞こえる。
「応えてはくれず、救ってもくれなかった。どの神も。わたくしを救ってくれたのは、アテンの神様だけだった…。苦しみも、痛みも、全て忘れさせてくれたのです。あなた様は何故、否定するのです? 我らが偉大なる光を」
「…その神が、他の神々を殺していくからだ」
メネスは答える。
「そして、この世界に不変なるものは何も無いからだ。人も、神も。不変なる理を強いる神は、この世界を殺し、人が人である意味をも奪ってしまうからだ。その神は、救った以上の人々を不幸する。」
「そうですか。それが、あなた様の答えなのですね」
溜息とともに、彼女はつぶやく。
「大勢を救うために、わたくしは見捨てられる側になる…」
「それは違う! サァトレー、救われようと考えては駄目だ。全てを神に預けて楽になろうとするな。それは本当の幸せじゃない!」
「人は、それほど強くはない。じきにお分かりになるでしょう。…我らの神が、いかに偉大なる御方であるか」
頭上で板が閉ざされていく。
再び、完全なる闇が訪れる。足元には、うごめくサソリの気配が近付いてくる。
冷たい汗をかきながら、岩に背をぴたりとつけて、メネスは小さく呟いた。
「…生命の貴婦人、サソリの毒を統べる女神セルケト。どうか、…お守りください」
そうして、出来る限りサソリを刺激しないよう、息を殺した。
ヘジュが近くまで来ている気配があるのだ。彼ならば、メネスの居場所は匂いで判るはずだ。
どれくらいの時間が経っただろう。
「相棒? どこだ!」
どこかで声が聴こえる。はっとして、メネスは顔を上げた。
「ヘジュ!」
「む、下? ここか! 待ってろ、今すぐに開けてやる」
重たい板をずらしていく気配があり、やがて、光が差し込んで来た。そこから狒々の顔がひょっこり現れた時は、思わず体の力が抜けてしまいそうになった。
「うおっ?! 何だこの大量のサソリ…ええい、面倒な。ちょいと待ってろ」
棒切れ…のように見える人間の大腿骨を手にとって、狒々は、サソリをちょいちょいと脇へ誘導していく。
「刺したりしたら、あとでサソリ女神に文句言ってやるからな。よし、これでいい。…相棒! 怪我無いな?」
「体のほうは何とか。タシェリトは?」
「ああ、イブラーが先に連れて帰ってる。タドゥキパの嬢ちゃんが連れて来てくれたんだ。神官も来とるぞ。さ、掴まれ。今のうちにとっとと脱出しよう」
ひょいとメネスの体を担ぎ上げると、ヘジュは、地下牢の出口に向かって歩き出した。
太陽は、ちょうど頭上に差し掛かろうとしている。
罠を仕掛けた連中は、おそらく、メネスをここに閉じ込めて殺すつもりだったはずだ。なのに今、脱出しようとするのに気づいていても手出ししてこない。
(何故だ? 何か、予想外のことが起きたのか…?)
ヘジュの手を借りて王宮の外へ向かいながら、彼は、辺りの気配に注意を凝らしていた。
「タドゥキパとカエムワセトはどうしてる?」
「罠張って、生きた人間のほうを相手すると言っておった。あの神官、神像を祠堂ごと持ってきおったんだ。無茶をしおる」
「まさか。この街に無理やり聖域を設置したのか?」
「そのまさかだ。こっちが無防備だったってことは、釣果は上々、ってとこだろうな」
大通りに差し掛かると、十字路のど真ん中で、へたりこんでいる二人の姿が見えた。メネスを見てカエムワセトが片手を上げる。立ちあがれないらしい。
「よぉー、兄弟。無事で何より」
「タドゥキパ…は、寝てるのか」
祠堂にもたれかかるようにして、少女は、体を丸めて地面に横になっている。
「ああ、さすがに無茶しすぎたな。それでも二十人はぶちのめしたぞ。ははっ、見せてやりたかった」
「…いや、…それは、想像つくから」
「そうか? んじゃま、そろそろ帰るとするか」
膝を払いながら立ち上がったカエムワセトは、どこかすっきりしない表情のままだ。
「何があった」
「…ちょっとな。…後で話す」
光射す廃墟からは幻や亡霊の気配はきれいに消え失せていたけれど、わだかまった疑惑と不穏な気配だけは残されている。
(「じきに判る」とサァトレーは言った…)
昼の陽射しにきらめく川を横目に見やりながら、メネスは考えていた。
異界の神の信奉者たちは、何かしようとしている。きっとこれは、その始まりに過ぎないのだ。
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