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第十一話 白日の下(2)
久しぶりに訪れた黒犬の村では、以前と変わらず、村長のカワジェトが丁重に出迎えてくれた。
それに今回は、ペンタウェレ少年も一緒だ。もうすっかり元気になって、いたずら坊主らしい、はにかんだ笑顔を見せている。
「この子は、わしが養子にしました。今は職人になるべく修行をはじめております」
そう言って、老人は目尻に皺を寄せながら少年の黒い頭を撫でた。
「ほれ、お前もお礼を言わんか。世話になったんだぞ」
「うん。えっと、あの時のことは全然覚えてないけど、ありがとうございました」
少年は、メネスとヘジュそれぞれに、ぺこりと頭を下げる。
「ほほう、なかなか素直でよろしい」
ヘジュは上機嫌だ。
「それで、今回はどのような…?」
カワジェト老人は、家の外で待っているメネスの護衛たちのほうをちらと見やる。兵士まで連れてくるからには、何か正式な用事だと思っているのだ。
「実は以前の、隠されていた墓が暴かれていた件で少し確かめたいことがあったのです」
「…と、言いますと」
「あれ以外に、近くに異界の神の信奉者の墓が隠されている可能性は? もしくは、かつて在ったが今は既に暴かれている、という情報でもいい。」
老人の表情が、微かに強張った。
「それは――どういう…。我々は墓守の一族でもありますが、禁断の神に関わることは無いのです。百年前の墓がどこにあるのかさえも知らず、見回りなどは…」
「あなた方を責めているわけではないんです。どうやら異界の神の信奉者の墓を探している墓荒らしが居るようで、彼らが何を探し当てたのか、これから探し当てるつもりなのかを突き止めなければならない」
メネスは、話が分からずきょとんとしているペンタウェレのほうを見た。
「その子のような者を、もう、出したくはないでしょう?」
「…それは…勿論…。」
カワジェトは額に手をやった。それから、傍らの少年の肩を叩きも優しく声をかける。
「ペンタウェレや、少し難しい話をしなくてはならないようだ、お前は外に出ていなさい」
「うん、…分かった」
少年が外へ出て行った後、老人はため息をつきつつ、居住まいを正した。
「殿下は、どこまでご存知なのですか」
「どこまで、とは?」
「実は、以前ここへお越しいただいた時に言わなかったことがあるのです。とはいえ、あの時点では村人たちもまだ、それほど気にしてはおりませんでしたが。…ペンタウェレの件が起きる少し前くらいから、谷の奥で不審な人影を見たという話が相次いでいたのです。朽ち果てた昔の墓のあたりで見たという者が多く、おおかた、使われていない墓に宿なしか、ならず者でも入り込んで住み着いていたのだと思っておりました」
メネスは眉を寄せた。
「…王家の墓所のある谷なのに、不審者が?」
「もちろん実際に墓所のある聖なる谷は見回りをしておりますから、そちらには行っておりません。古い墓の残る谷か、今はほとんど使われていない崖のあたりだったのです。立ち入ってははならぬ場所へ近づけば、もし我らが見逃しても、大神殿の神官どのたちが立てている見張りが気づくはずでしょう?」
「神殿の…」
はたと、メネスは気が付いた。
殺されたアメンヒルコプシェフの役割――彼の守護神は、何だった?
「その不審者たちについて、具体的な特徴は? 何人くらいで、どんな格好でした」
「旅人風だった、とは聞いておりますが、具体的には…遠目にしか見ていないはずですし、顔も分からないでしょう。」
「手がかりナシ、か」
ヘジュが呟く。
「あっ、ですが、そういえば一度だけ、誰かが言っていました。『金の光るのが見えた』と」
「…金?」
「ええ。宿なしが金の装飾品などつけているはずがありません。それで、盗賊が盗んだものを身に着けて隠れていたのではないかと、そんな噂をしていました」
金の装飾品。
腕輪にしろ、首飾りにしろ、それは、地位のある人物が身に着けるものだ。
カワジェト老人に目撃情報を具体的に集めてくれるよう頼んでおいて、メネスは、以前訪れた崖の上にある墓にもう一度、行ってみることにした。
記憶の底に引っかかるものがあった。確か、あの時、墓の入り口あたりで何か見つけていなかっただろうか?
今回ははしごを担いでくれるイブラーは居なかったから、ついてきてくれた護衛の兵士たちの手を借りることにした。
申し訳ないとは思ったが、ずっと槍を持って突っ立っているだけよりは退屈しないほうがいいだろう。王に何を言いつけられているのか、メネスに連れまわされても兵士たちは文句一つ言わず、黙々と従ってくれる。
「ここだ」
「おー、懐かしいな」
崖の上からはしごを下ろすと、ヘジュは真っ先に、ひょいひょいと滑り降りていく。
「ああー、こりゃ徹底的に破壊されとるわい」
墓の中は、あとからやって来た大神殿からの神官たちによって見る影もなく痛めつけられていた。碑文の中の異界の神の名前も文言も、その姿を現した文字さえも、全て削り取られている。そして棺は叩き壊され、中に在ったはずの遺体はどこかへ運び去られた跡だった。
「こんなとこへもう一度やって来て、どうするんだ」
「うん、…ちょっとね。」
入り口を塞いでいた漆喰のかけらを探っていたメネスは、きらりと光るものに気づいて手をとめた。
「…やっぱり」
「ああん?」
「記憶に引っかかっていたんだ。あの時見たもの…」
埃の中から拾いあげたものは、何か精巧な細工物の壊れた一部の破片。金で出来ている。
「多分、先に来たのはこれの持ち主だったんだ。ペンタウェレはその後で、壊された入り口の隙間から中に入り込んだんだと思う」
金の破片を持ち物に入れながら、メネスは、崖から谷間を見下ろした。
「今度はこちらから罠を仕掛けるぞ、ヘジュ。…絶対に逃がすものか」
これで終わりにするのだ。この国のあちこちに張り巡らされた繋がりと、不穏な動きの全てが繋がる中心がそこにある。
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