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「あと五分だけ〜」
6000000回目のこの言葉を聞いて、僕は微笑んだ。
彼女がこの言葉を言い出してから実に57年近い月日が経過した。
この長い年月の間、彼女はこの言葉を言い出した時の——若く美しい姿のままで眠っている。
閉じられた瞼。寝癖のついた髪。汗で少し湿ったシャツ。頬の赤み。爪の長さ。規則正しい呼吸……何一つ変わりはない。
最初の一回目の「あと五分だけ〜」を聞いた僕は、きっかり五分後に彼女を起こそうとして再びの「あと五分だけ〜」を聞いて「いい加減起きないと遅刻しちゃうよ」と呼びかけて、彼女の肩を揺すった。
いつもはそれで目を覚ましていた彼女は、目を覚まさずまた五分後に「あと五分だけ〜」を繰り返した。
それが十回繰り返されて、流石に何かおかしいと思った僕は医者を読んだ。
偉い医者の先生が言うには、これは「時間巻き戻し病」という病気との事だった。
「一定の時間が巻き戻される病気ですね。この人の場合は五分間巻き戻されているようです。そのうち目を覚ますので、このままでいいですよ」
医者はそう言った。
僕は安心した。
そして57年の月日が流れた。
彼女はまだ目を覚まさない。
僕は老人になった。
年老いた僕を見て、目を覚ました彼女は果たして何と言うだろうか?
驚くだろうか、怯えるだろうか。
……いや、そういうリアクションをする前に、たぶん彼女の第一声は「今何時?」だろう。
その光景を思うと、何だか無性におかしくなって、僕はまた微笑んだ。
そして彼女の6000001回目の「あと五分だけ〜」が部屋に浮かび、溶けて消えた。
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