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2 ロバート・メルセンヌ
ロバート・メルセンヌは夢を見た。
妻と息子の3人で公園に出掛けた。
やがてロバートは、ひとりでジャングルジムに夢中になる。 妻と息子が向こうへ行こうとロバートに呼び掛けるが、ロバートは夢中になって聞く耳を持たない。
しばらくしてロバートが気付いたときには、妻と息子の姿はない。そこで目が覚める。
妻と息子が出て行ってから、毎日のようにこんな夢を見ている。
何とも言えない胸の苦しみを感じながら、しばらくの間ボーッと天井を眺める。
その間に、天井に埋め込まれたカメラが、ロバートの網膜をスキャンする。
一定時間目を開けていることで、目覚めたと認識され、部屋に搭載されている人工知能の声が聞こえてくる。
「今朝の音楽は?」
「‥ハーシャッドのプレイリストを。」
しばらくすると、Spotifyで息子用に作成したプレイリストからランダムで音楽が流れ始める。
息子のハーシャッドはまだ5歳なので、子ども向けの音楽ばかりだ。
以前は朝からこの音楽がかかり、息子は元気に踊っていた。
ひとりになってしばらくは、この音楽を聞くのも辛かったが、最近は少し平気になってきた。
ひとりの生活にも慣れてきた、とロバートは感じた。
ロバートは身体を起こすと、右手首に着けているウェアラブルデバイスを部屋の壁に設置されたモニターにかざした。
すると、部屋の明かりが少し明るくなった。
ウェアラブルデバイスは、部屋の人工知能とリンクしており、ロバートの現在の体調に適した室温、明るさ、酸素量などを算出し、供給する。
ロバートがシャワーを浴びる間に、部屋のカーテンが開き、監視システムにより、家の周囲に不審者や不審物がないか確認されたのち、天窓が開き室内の換気が行われ、フィルターを通して安全な酸素が取り込まれる。
ロバートはシャワーから出ると、朝食を用意する。
メニューは、デバイスが導きだした適切なカロリーと栄養を満たすメニューだが、その材料のほとんどは、最近自社で開発した「ダイナナ」だ。
このデバイスは、人が第六感を発する際に、地球の地磁気の影響を受けているという研究結果を元に、地磁気と同じレベルの磁気をデバイスを通して脳へ送り込み、人の「第六感」を活性化させ、肉体に対する危険を管理させる仕組みとなっている。
使われているソフトウェアは、ロバートが、かつてひとりで開発したものが基になっている。
ロバートは、このウェアラブルデバイスを開発するチームのチーフエンジニアとして従事する一方、開発段階のデバイスのデータを取るため、自ら被験者としてデバイスを着けて生活している。
肉体に過剰な栄養を摂取し、細胞を衰えさせないよう、第六感を通じて不必要な栄養素を避け、デバイスが血圧や血流、体温などを感知し、必要な栄養素だけを導き出す。
このデバイスによる管理と、家中に備え付けられた人工知能により、ロバートが常に肉体を最適な状態に保つことが出来るよう、この家は設計されている。
家もデバイスも全て、1年前にこの仕事を始めるにあたり、会社から支給されたものだ。
朝食を食べ終えるとコーヒーを飲み干し、PCとディスプレイを起動させる。
PCを起動させている間にヘッドセットを付けてデスクに座る。
デスクには妻と息子の写真が飾られている。
シリコンバレーで暮らしながら家族との時間を大切にするのは、それほど難しいことでもないが、ロバートは出来なかった。
この家に移り住んで以来、仕事のためとはいえ、妻の食事を摂らず、人工知能と会話することが多くなり、息子と遊ぶ時間もなくなってくると、半年も経たずに妻は息子を連れて家を出た。
ロバートは写真をチラッと見ると、メールを確認し始めた。
今日はいよいよ、このウェアラブルデバイスのプロトタイプを発表する日である。
この製品が完成すれば、家族は元通りの生活に戻れるはずだ。
ロバートはそう信じていた。
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