3 モーガン・ザイン

1/1
前へ
/7ページ
次へ

3 モーガン・ザイン

「‥かつては、人間にも第六感と呼ばれる感覚が、今よりも顕著に現れていたと考えられます。いわゆる野生の勘と言われる類いの、閃きというか、直感的にそう思える、というような事ですね。」  モーガン・ザインのパソコンの画面上には、20人ほどの参加者が映っている。  今日は、シリコンバレーのある企業向けのオンラインセミナーの日だった。  何でもデジタルと人の第六感を融合させて、健康を管理する製品を開発しているので、その研鑽のためにと、そのプロジェクトチーム向けにセミナーを頼まれたのだが、‥いや、なんというか、パソコンの画面からも感じられるこの、いわゆる超エリートたちの、私の知識の裏側を見ようとするような視線には本当に‥変な緊張感がある。 「人間も動物の一種であるため、この野生の勘は備わっていると考えられます。実際に、科学的な根拠として、第六感を司る遺伝子も発見されております。ちなみに発見したのは私ではありません。私が発見できれば良かったのですが、先を越されてしまいました。」  肩をすくめてみたが、反応はなかった。 「‥本来、人間にも、自然災害を察知した動物が、事前に逃げ出すように、災害などに対して、本能的に察知する能力が備わっていると考えられます。これは、古代の人類には普通に備わっていたと考えられますが、人類の進化と反比例するように、第六感は退化していった、と考えられています。」  モーガン・ザインは、カリフォルニア工科大学の教授である。  人間の第六感を研究し、自然に回帰することで、第六感を呼び覚まし、自然災害などに対応する方法を研究している。 「また、この力は、直感と捉えることも出来ますが、単に脳の電気信号で判断されているのではなく、地球の発する地磁気を無意識下で感知し、脳をセンサーとして瞬間的に判断を下し、その直感を生み出しているのだと考えられます。それは、渡り鳥やミツバチが地磁気を感じとることで、季節に合わせて住む地域を変えたりすることと似ています。  また、この仮説は、地磁気と同程度の磁気を脳に送り込み、その脳波を計測する実験により、地磁気に対して応答する脳波が検出されたことで、証明されております。」  ここまでのところ、画面上のエンジニアたちは飽きる様子もなく耳を傾けてくれているように思える。  少し安心した。 「最後に。」  ここからが私が特に伝えたいことだ。  シリコンバレーで働くようなエンジニアには特に。 「私は、人類に元々備わっているこの第六感は、自然、いや、この地球と共存していくことで、取り戻すことが出来ると考えています。人類が第六感を失ったのは、地球上の一個の生物としてではなく、地球を支配する生物として物事を考えるようになったことが原因だと私は考えています。新たな感染ウイルスや、異常気象など、次々と降りかかる災いに対し、文明の力だけではなく、地球と共存し、本来持っている第六感を活用することで見えてくる解決法があるのではないかと、私は考えます。デジタルや、技術のイノベーションを否定するつもりは全くありませんが、その根幹に自然や地球との共存がなければ、いずれ行き詰まると私は考えています。みなさんのような、これからの世界を支える方々には、ぜひともこの事を忘れないようにしていただきたい。以上です。ご静聴ありがとう。」  画面上でも彼らの興味が薄いことがわかったが、予想できた通りの反応でもあったので、最後までなんとか話すことが出来た。  少し笑いながら俯いている者もいる。  当然のように拍手もない。    「‥カリフォルニア工科大学のモーガン・ザイン教授に盛大な拍手を。」  主催者の女性の一声によって、やがてパラパラとパソコンの画面から拍手の音が聞こえる。    そそくさとパソコンを閉じようとしたが、まだオンライン会議から退出しない人物がいる。 「Dr.モーガン、ありがとうございました。」  先ほど拍手を促した人物だ。  このプロジェクトを進めている企業のCEOであり、今回私にセミナーを依頼した人物でもある、レイチェル・トリボナッチという女性だ。 「このプロジェクトにおいて、とても有意義な内容でした。」  画面上で微笑む綺麗なブロンドの白人女性は、すでにホワイトハウスとも深い繋がりがあると噂される有能な女性だ。  見た目や年齢は、現在25歳の私の娘と何ら変わりなく見えるが、その目の奥で、二手三手先読みして私の行動を分析している様子が伺える。  なんというか、油断ならないと感じさせる女性だ。   「こんな老人の研究がお役に立てれば光栄ですが」  私は半分自虐的に、半分を嫌みを込めて言った。  レイチェルは、こちらが心地よいと思える笑顔と間で、 「ドクターはとても素晴らしい研究者です。」   と言った。  私が微笑み返し、オンライン上から退出しようとしたとき、レイチェルからまた話しかけてきた。   「今度、我々のプロジェクトで開発している製品のプロトタイプが完成します。良かったらドクターもその場にいらしていただけませんか?」  正直、あの派手なプレゼンテーションの場は得意ではないが、このプロジェクトには興味がある。  少し迷ったが、スケジュールも空いていたので、私はその誘いを受けることにした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加