4 レイチェル・トリボナッチ

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4 レイチェル・トリボナッチ

 レイチェル・トリボナッチは、シリコンバレーのとあるベンチャー企業で働く両親のもと、次世代を担うイノベーターとなるため、幼い頃からコンピュータープログラムや機械工学、生物工学など、あらゆる先進的な分野の高等教育を受けてきた。  さらに、様々な形でメディアに登場することを想定し、対話術や言語、コミュニケーション能力に加え、ファッションや流行に至るまでありとあらゆる要素を学び、正しく身に付けてきた。  15歳にして、スタンフォード大学を優秀な成績で卒業してからは、すぐにシステムエンジニアとして独立し、24歳の時にシリコンバレーで起業すると、すぐに頭角を現した。    レイチェルの会社は、主に女性をターゲットにしたデジタルヘルスケアビジネスを中心に、美を保ちながら健康になることを目的とした製品開発を行っている。  そして、現在レイチェルが取り組んでいるのが、ウェアラブルデバイスにより、人間の第六感を刺激し、美容や健康を害する行動をコントロールする、というもので、間もなくそのプロトタイプが完成し、発表されることになっている。    レイチェル・トリボナッチの人物評は、概ね統一される。 「男性にも目上の人にも毅然としてたち振る舞う」 「何をやらせても完璧。非の打ち所がない」  「恐れるものなど何も無いように見える」 「次世代のイノベーターのリーダー足る人物」    これらの評価はレイチェル自身も、そうなるように教育され、行動してきたので当たり前の評価だと感じているが、ひとつだけ違っていることがあった。    それは、レイチェルにも恐れるものがあることである。  レイチェルを恐怖足らしめる存在、それは「免れぬ死」であった。  企業した頃からレイチェルは、自分の頭脳は生きていて、活発に動いてこそ、価値があると思うようになっていた。  だが、やがて細胞は衰え、最終的には無に帰すことを、この自分の頭脳をもってさえ、止めることが出来ない。  この絶対的な事実が少しずつ迫ってくることに、レイチェルは多大なる恐怖を感じていた。  やがてレイチェルの興味は、いかにしてこの「死」という事実を回避するか、ということに向けられ、密かに研究を始めることとなった。  医療技術の進歩により、延命治療や、ロボットスーツなどによるサポートにより、年老いてなお、自由に体を動かすことは可能にはなってきている。    ただ、それでも死は必ず訪れる。  そこでレイチェルが目を付けたのが、人間が本来持つ「第六感」であった。  身体に起こりうる危機を、予め回避できる第六感の能力をシステム化し、細胞が衰えることを未然に防ぐように仕向けることが出来れば、細胞の劣化を食い止めることが出来るのではないか、レイチェルはそう考えた。  さらに、人工知能を身の回りに配置し、微細な体調の変化を管理し、あわせて徹底した防災・防犯管理により、必要以上の対人との接触を避け、ウイルス感染などの病気や感染症のリスクを下げる生活を送れば、その精度も上げていけると考えた。  その先に、レイチェルの目指す、「死」を免れる方法があるのではないか、と考えていた。  レイチェルは、まず自分の考えを実証するために、プロジェクトを立ち上げた。  表向きはあくまでもヘルスケアのためのウェアラブルデバイス製品の開発プロジェクトとして。  研究過程においてデータを収集し、デバイスはあくまで一般向けのヘルスケア製品として発売し、研究に掛かる費用を回収する目算である。  そして、このデバイスの販売を促進するため、先に話題性を用意した。  それが「ダイナナ」と呼ばれる新種の果物である。  ダイナナとこのデバイスを併用することで、高いアンチエイジング効果が期待できる。  特に女性にとっては魅力的な商品となるはずだ。  この表向きの効果で、かなりの売上が見込めるとレイチェルは考えていた。    ダイナナは、ビジネスのためだけに開発したものではない。  第六感をシステム化し、ダイナナによりフィトケミカルを摂取する。  つまり、不必要な栄養素を排除し、人工知能により最適な環境下に生活し、フィトケミカルを摂取することで、細胞の劣化に抵抗する。  これが「死」の克服に近づく、とレイチェルは考えていた。  このダイナナもまた、レイチェルの目的にとっては必要不可欠な要素なのである。  しかし、まだまだ計画は完全ではない。  現時点では、あくまでも肉体の衰えに精一杯抵抗しているに過ぎないからだ。    それでも検証結果から貴重なデータを得ることが出来るはずだ。  その先に必ず、求める答えがあるはず、とレイチェルは確信していた。  レイチェルは、今の自分の状態を、永遠に維持しておきたいと思っている。  そのためには、出来るだけこのプロジェクトを速やかに完結させる必要がある。  そして、ようやくプロトタイプの完成の日を迎えた。
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