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6 セプテマ
ウェアラブルデバイスのプロトタイプ発表の席上、レイチェルの企業が開発した新しいウェアラブルデバイスは、「セプテマシステム」と発表され、通称「セプテマ」と呼ばれることになった。
セプテマとは、ラテン語で7を表す言葉だ。
「セプテマ」を身につけた人間は、第六感を司る遺伝子を活性化させる、地磁気と同じレベルの磁気をデバイスから体内に取り込み、脳が地磁気を感知し、第六感は活発に活動を始める。
その事により、動物が自然災害を察知するように、人間も危機察知能力が格段に上がる。
この第六感遺伝子の反応をウェアラブルデバイスがデータとして取り込み、体の状態を分析し、必要な栄養素情報だけをレシピ化して提供してくれる。
レシピは、ダイナナと名付けたフィトケミカルのみで作られた果物を基本材料としている。
フィトケミカルを摂取することで、抗酸化作用により、細胞の劣化を防ぐことが出来る。
第六感により守られた健康を、ダイナナにより細胞の劣化に抵抗要素を作り、出来るだけ長くキープし、健康なからだ作りを目指す。
これが世間に公表された「セプテマシステム」の全容だ。
被験者はおよそ1,000名。
そのほとんどがレイチェルの会社の社員と、その家族である。
そこから得られたエビデンスは見事で、セプテマ開始前より明らかに健康状態が改善されていた。
セプテマは新世代のデジタルヘルスデバイスとして、瞬く間に世界中に拡散した。
「いや、プレゼンテーションは大成功と言えるのではないですか?」
プレゼンテーションの日からしばらくして、モーガンはレイチェルのオフィスに招かれていた。
情報が拡散し、今やセプテマはその完成と発売を心待にされている。
モーガンは、完成までにこのプロジェクトの本当の目的を、レイチェルから聞き出さなくてはいけないと思っていたが、なかなか機会を持てなかった。
いつ連絡をしても、予定が合わないのである。
それは、レイチェルがモーガンと接触するのを避けていたからなのだが、その事がさらにモーガンの不安感を募らせていた。
実際、レイチェルは、あの日以来モーガンを少し警戒していた。
接触を避けていたのはそのせいでもあったが、他にやるべきことが出来たからでもあった。
モーガンも、これはレイチェルから警戒されているのではないか、と思うようになっていた頃、ようやくレイチェルの方からオフィスに来てほしいと連絡があった。
ようやくこの機会が訪れた。
モーガンはレイチェルのオフィスへ向かった。
プレゼンテーションの日からは、数ヶ月が過ぎていた。
ソファに座りながら、セプテマについて書かれた雑誌の記事や、ネットニュースを眺めながら、モーガンは、ソファの対面に座るレイチェルに微笑んだ。
「セプテマは待望されている。ダイナナも売れ続けている。いやはやすごい状況ですが、これは想定内といったところですかな。」
レイチェルは相変わらず、何を考えているのか分からない微笑みで答えた。
「まあ、想定どおりですが、本番はこれからです。まだプロトタイプが完成しただけですから。」
「そうですな。これからは私も被験者になりますし。いや、楽しみと緊張が入り交じっております。」
モーガンは、このセプテマのプロトタイプには、レイチェルの本来の目的には足りない要素があり、その鍵を握るのがレイチェルにより監視されている、ロバート・メルセンヌなのではないかと思っていた。
そう思えたのは、レイチェルにより監視されているという事実だけではなく、プロトタイプに活用された実証データのどこを見ても、ロバート・メルセンヌのデータが含まれていなかったからだ。
このセプテマプロジェクトには、健康管理に留まらない、真の目的がある。
モーガンはそう感じていた。
また、自分に共同研究契約を結ばせることで、同じく反対派を黙らせる意図があることも気付いていた。
レイチェルの狙いを見抜いたうえで、この共同研究の提案を引き受けたのは、どこかで、このプロジェクトが暴走した時に止めなければいけないのではないか、と思ったからであり、自ら被験者に志願したのも、自分が被験者として、自然や地球との共存が必要であることを、逆説的に証明することが出来るかもしれない、そうすることでこのプロジェクトに歯止めをかけることが出来るのではないか、と思ったからであった。
「やっとお会いいただけて、ありがとうございます。早速ですが、今日は何の用で私を呼ばれたのでしょう?数ヶ月会っていただけなかったのに急に連絡をいただけたのは、それなりの理由があると思っているのですが。」
やっと巡ってきた機会である。
モーガンは遠回りしている時間はないと感じていた。
レイチェルは、変わらず完璧な微笑みを浮かべている。
「プレゼンテーションの日にドクターに紹介したロバート・メルセンヌを覚えておられますか?」
「ええ、よく。彼の実証データがプロトタイプの公表データに含まれていなかったので気になっていました。」
「実は、その彼のことでなかなか時間が取れなかったのです。申し訳ありませんでした。」
「ロバートのことで?」
「ええ。今日お呼びしたのもその事についてお伝えしたいことがあったからです。」
「‥わかりました。お伺いしましょう。」
この数ヶ月の間でロバートに一体何が起こったのか、モーガンは少し汗をかいているのに気付いた。
「1年前、ロバートをこの会社に引き抜き、チーフエンジニアに任命したのは私です。彼が前の会社に勤めながら作成したソフトウェアがあったのですが、そのオープンソースが実に見事でした。それを見て私はすぐ彼に連絡を取り、うちに来るように説得したのです。そのオープンソースは、このシステムの根幹を成しています。あの地磁気を脳へ伝えるソフトウェアの基は、彼がひとりで開発したものなんです。それを発見したとき、私が思い描いていたプロジェクトの点が全て結びつきました。私が初めてこのプロジェクトの全容を話したのが、彼です。彼は、その場でこのプロジェクトの全てを理解してくれました。だから、彼は特別なんです。前にも言いましたが、私が彼にあの家を与えました。あの家は、家全体が人工知能なんです。人間にとって適正な環境を人工知能判断し、管理してくれる。人体に無害な夢のような暮らしが出来るんです。‥まあ、ロバートの家族は馴染めずに出ていってしまったようですが。」
(そんな人種は寿命が尽きて死ぬだけ)
レイチェルはその言葉は飲み込み、続けた。
「前にも言いましたが、このセプテマを身に着け、あの特別な環境で生活したのは彼だけです。あのオープンソースを生み出した彼だからこそ、その権利があると思われませんか?そして、あの特別な環境の中で、彼は私の期待どおりに、一切の不必要な栄養素を排除した生活を続けてくれました。その結果、とても興味深いデータが得られたのですが、他の被験者とは環境が違いますので、今回は実証データに含まないことにしました。」
そういうと、レイチェルはソファから立ち上がり、デスクへ向かった。
レイチェルは、モーガンの動きを警戒していた。
ただの大学教授ではあるが、なかなか侮れない人物であると感じたためである。
モーガンは、ある筋に多大な影響力を持っている。
その筋とは、このセプテマシステムに抗議の声を挙げるような連中だ。
その影響力を逆に利用するために共同研究を持ち掛けたのだか、この大学教授は、レイチェルの思惑から少し外れた動きをするところがある。
さらにプレゼンテーション以来、モーガン・ザインは、レイチェルに接触したがるようになっていた。
この数ヶ月で起きた出来事を、モーガンに話し、こちらから先手を打つ必要がある。と、レイチェルは感じていた。
そこでレイチェルは、モーガンを自分のオフィスに呼ぶことにした。
「それでは、本題に入りましょう。ドクター、この映像をご覧いただけますか。」
レイチェルはデスクからタブレットを取り出し、軽やかに操作すると、ローテーブルの上のプレートに立て掛けた。
画面には先日レイチェルのオフィスで見たのと同じ、ロバートの家の様子が動画で映し出されている。
「これは3ヶ月ほど前、プロジェクトの直後辺りの様子です。」
映像からは、ロバートが自宅でデスクに向かって仕事をしている様子が分かる。
どこにカメラが仕掛けられているのか分からないが、ロバートは自分が監視されていることには全く気付いていないようだ。
視ていてあまり気分の良いものではないが、ここは大人しくレイチェルの言う通りにすることにした。
それからしばらく動画を見続けていたが、特に気になるような事は見受けられない。
モーガンは肩をすくめると、レイチェルに向かって言った。
「一体何があるというんでしょう。そもそもこの動画は人権の侵害ではないですか?」
「この後です。よく見ていてください。」
レイチェルは、モーガンの指摘など意に介さぬ様子で言った。
仕方なくモニターに目を戻したその瞬間、モーガンは悪寒が走るのを感じた。
パッとレイチェルの方を見ると、レイチェルの顔が今まで見たことのないような、無邪気な顔になっている。
その表情に背筋が凍る思いになる。
「ほら!」
レイチェルは子供のような顔でタブレットを指差した。
視線を再びタブレットに戻す。
モーガンはそこに映ったことを理解できなかった。
そこにいるロバートが、急に消えた。
いや、急に姿が見えなくなったのだ。
たった今、目の前のタブレットに映っていたはずの彼がいない。
すると次の瞬間、いきなりロバートの姿が元の場所に現れた。
「見ました?!」
レイチェルは急にモーガンの手を握りしめると、少女のような満面の笑みでモーガンを見つめた。
(この冷静沈着な女性がここまで変貌するとは‥一体これは‥どういうことなんだ??)
ロバートは状況が理解できなかった。
レイチェルの呼吸が荒くなっている。
明らかな興奮状態だ。
満面の笑みのまま、レイチェルは普段の彼女からは想像できないような早口でモーガンに話しかけた。
「人間が、人間が細胞の劣化を完全に食い止めることができたとき、その先には何があるとドクターは思われますか!?」
レイチェルの変貌ぶり、急に姿が消えたロバート、その行き着く先が全く見えず、モーガンは自分の息も荒く、汗をかいていることに気が付いた。
とりあえず落ち着かなくてはいけない。
「‥見当もつかないが、それがさっきの現象の説明になるということなら、考えられることは、おそらく、我々の感覚では認識しきれない現象が起こる、ということしか今は言えません。」
レイチェルは冷静さを取り戻したように見えた。
ゆっくりモーガンの手を離すと、今度はいつもどおりの落ち着いた口調で言った。
「そうなんです。私たちは今、新しい人類の誕生を目の当たりにしたのです。」
モーガンは息を呑んだ。
急いで頭を整理しようと努める。
とりあえず、この女性の言っていることは、私の想像しえる範疇を越えている。
そもそもセプテマシステムとは、健康管理をうたいながら、その実、人間がデバイスにコントロールされるものであり、そこに人間性が通わない限り、いつか行き詰まることになる、そこの危険性を止める必要が出てくるかもしれない、とモーガンは考えていたが、モーガンは自分の想像力はとんでもなく乏しかったと感じた。
これはそんな単純なものではない。
これは‥まだ想像でしかないが、レイチェルの目的は、おそらく生物としての本質を真っ向から否定するものだ。
その事も考えると恐ろしいが、もうひとつ疑問なのは、なぜレイチェルがこの映像を私に見せたのか、ということだ。
頑なに面会を拒否されていたのが、レイチェルからオフィスに来いと言われ、彼女が本当に目的としている部分の核心に触れるような事実を見せてきた。
読めない。
読めないが、まずはこの女の考えていることを探らなければ。
「‥なぜ、私にこの映像を見せたのです?」
レイチェルはその問いには答えなかった。
「この映像を見て、私はセプテマの本来の姿は、ロバート・メルセンヌと共にあると確信しました。その本来の姿に近付けるため、この数ヶ月にわたり、準備を重ねて来たのです。この事をドクターにお伝えしたかったのです。ドクター、私はこれから、ロバートに次のステージに進んでもらうつもりです。」
「本来の‥姿?次のステージ?」
レイチェルは淡々と話を進める。
先程の無邪気さは完全に消え去り、今度は底知れぬ不気味さを漂わせ始めている。
「先ほどロバートの身に起こった現象は、この日を境に少しずつ回数が増えていくようになりました。この現象に対する私の仮説では、彼が姿を消している間、ロバートは、神に近づいていると思っています。」
「神に?」
モーガンはレイチェルの口から神という言葉が出てきたことに驚いた。
レイチェルは、到底神など信じているようには見えないからだ。
「私の言う神とは、」
モーガンの驚きを察したかのようにレイチェルは言った。
「人知を越えた絶対的存在、これまで人類が辿り着いていない領域に踏み込んだ、という意味です。ドクターは、私がおかしなことを話していると思われますか?」
「‥これを神と捉えるか否かについては、簡単な議論ではありませんが、今目の前で起こっていることが解明できない以上、なんとも言えませんな。」
レイチェルは微笑んだ。
「だから、ドクターにこの映像を見せたのです。この映像で起きていることはフェイクでも何でもない。その事が理解いただけるのはDr.モーガン、あなたしかいないと思いました。」
そのような会話を交わしている間に、再びロバートは数秒姿を消した。
モーガンは情報を処理できず沈黙した。
そのモーガンの様子を見て、レイチェルは思惑どおりだと内心微笑んだ。
この自然回帰主義者は、セプテマシステムの方向性に納得していない。
自分が参加することで方向性を変えることを目論んでいる。
その方法を探るために共同研究を受け入れて、被験者にもなり、私に近付こうとした。
だからこそ、誰にも見せていないこの事実を見せる必要があった。
この現象は、自然や地球との共存なんて議論が起こる次元の話ではない。
万が一、モーガンがこの事を世間に公表しようとしても、この動画は私だけが所有している。
もっとも、こんな映像を簡単に信じる人がそういるとも思えないけれど。
ともかく、そんなに深入りしたいのなら、とことん深入りしてもらえばいい。
これでDr.モーガン袋小路に迷ったネズミと同じ。もう自分の思う出口には近付くことは出来ない。
「私に伝えたい話というのがこんなことだとは‥いや驚きました。正直に言って理解が追い付いていませんが‥先ほど次のステップと言われましたが。それは具体的にはどういう内容なんでしょう。」
再びタブレットの映像を視ながら、モーガンは訊ねた。
ロバート・メルセンヌに起きている現象がなんなのか、今はわからない。
が、それを利用して、この女が何を企んでいるのか、突き止める必要がある。
何を企んでいるにせよ、場合によっては野放しにはしておけない。モーガンはそう考えていた。
一方、レイチェルは全てを話す用意が出来ていた。
話せば話すほど、モーガンは自分の首を絞めることになる、とレイチェルは考えていた。
「はい。先程も申し上げたとおり、セプテマの本当の到達地点はまだ先にあります。地磁気により第六感を刺激し、人間にとって不必要な要素を全てを排したうえで、生活は人工知能が管理し、細胞の劣化を一切止めることができたとき、現存する概念の中で、人間と交わらなくなる概念は何だと思われますか?」
こんな押し問答にいつまでも付き合う気はないと、モーガンは思ったが、全てを聞き出すには全てに答える必要があると考えた。
「それが、次のステップと関係があるということですか?」
「ええ。」
しばらく無言の時が流れる。
細胞の劣化を防ぐということは、平たく言えば、永遠の若さを手に入れることになる。
ということは、死が遠退くということになる。
永遠に‥生きる‥
モーガンは分かって来た気がした。
まさか‥
モーガンの表情を見てレイチェルはモーガンが自分の領域に近付いたと感じた。
「お分かりになりました?」
モーガンはゆっくりと、確かめるように話した。
あまりにも恐ろしいことを口走ってしまう気がしたからだ。
「それはまさか‥我々の、この瞬間にも、絶えず通り過ぎていく概念‥時でしょうか。」
レイチェルはとても嬉しそうに微笑んだ。
「さすがです。ロバートはまだ意識を持って生活に身を置いていますので、言うなれば、時に支配されています。それでも彼にはすでにあのように不思議な兆候が現れている。」
「‥どういうことでしょう?」
おそらくロバートは自分で口にするのが恐ろしくて質問に変えたのだ、と自分で感じた。
それを察してか、レイチェルは軽く頷いてから話し始めた。
「人間の体を構成するあらゆる細胞の劣化が止まると、人間にとって時という概念が必要でなくなる。時と細胞が相反する作用を起こすことで、我々のこの意識は、今、この瞬間を時の進行と同じ早さで過ぎていくことが出来なくなる。そうなると、今のこの時に永遠に留まることになると考えられます。つまり、この瞬間、ロバートは、今と次の瞬間とは、別の次元に存在しているのと考えられるのです。」
この女の話していることは無茶苦茶だ。そんなことがあり得るはずがない。
ある得るはずがないが‥そうだとすると‥
「それは、つまり‥何を表しているのでしょう‥」
レイチェルは、最後の仕上げだ、と小さく息を吸い込んだ。
「私は、その先に、人間にとっての新たな感覚、言ってみれば「第七感」が芽生えてくると思っています。それは、時を超越した人類だけが手に入れることのできる、永遠の生命としての、絶対的存在であるための感覚。それはまさに神の領域であす。」
レイチェルは少し間を取り、モーガンの目を見てハッキリと言った。
あまりに飛躍した考え方だとロバートは思った。
細胞の進行が、完全に時間を必要としなくなると解釈すると、確かに時間は、人間にとって無意味な存在となる。
であるとするならば、1秒後の世界に存在しなくなる可能性はある。
あくまでも可能性の段階だが、だからロバートは消えた、と考えると、確かに辻褄は合う。
だが、だがしかし、消えたロバートは一体どこにいるのだろうか。
また、その新しい第七感を手に入れ、人類は一体何をするというのだろうか。
時を超越した空間があるとして、そこに何を見いだすのだろうか。
モーガンには分からなかった。
ただ、その実験に知らぬ間に貢献してしまっているロバート・メルセンヌという若者を、今は助けなければいけない、とモーガンは思った。
そんな次元の先に彼が辿り着いたところで、彼がどうなってしまうのか、全くもってわからないのではないか。
「‥あなたの考えていることは分かりました。それが次のステップに進むということなんですね。それで、具体的には彼に何をするつもりなんでしょう?」
モーガンは、ロバートを助けるために、レイチェルからできる限りの情報を引き出そうと思った。
「地磁気をロバートの脳に直接送り込みます。彼には眠ってもらい、一切の意識をなくしてもらいます。そうすることで、純度の高い第六感の状態を保ちます。その時に彼がどうなるのか。そして、何を手にするのか。そのための実験です。」
モーガンは驚いた。
何てことだ、ただの人体実験ではないか。
「彼の意思はどうなるのでしょう?その状態は果たして人間と言えるのでしょうか?」
レイチェルは冷静さを全く失わない。
「人間です。最適な意思決定を遺伝子と人工知能に委ねた、劣化することがない人間。時を超える「第七感」を持ち、時に支配されない、新しい人間として、つまりは、永遠に生きることの出来る人間となるのです。」
「‥あなたのしたいことは、一体何なのです?」
今さら何を言わせるつもりかと、レイチェルは本心で笑った。
「もうドクターもお気付きだと思いますが、この「第七感」を手にした人類は、永遠の生命を手にすることが出来ると思っています。この「第七感」をコントロール出来るようになれば、つまりは時から解放され、死に怯えることがなくなります。」
モーガンは確信した。
この女の目的はこれだったのだ。
レイチェル・トリボナッチは、ただ死から免れるために、永遠の生命を手に入れようとしている。
確かにそれは人類にとっての大いなる夢ではある。
しかし、そのために、一人の青年が実験台にされるなんてことは、決してあってはならないことだ。
それを確かめるために、モーガン質問を続けた。
「ロバートは、この消えている間、意識はあるのでしょうか?」
「今のところ意識は無いようです。ですが、脳に地磁気を直接送り込み、その実証データから詳細なデータを抽出し、やがてこの意識をコントロール出来るようになれば、意識を持てるのではないかと考えています。それが出来るようにならば、これからの人類は、永遠に生産性を維持し続けることが出来るようになるでしょう。」
「ロバートは消えている間、どこにいるのでしょう?」
「さあ、まだ分かりません。その間はデータ上にも何も残っていないのです。」
ということは、ロバートがどうなるのか、わかってはいないということだ。
「‥ロバートは自分がそのような状態にあることに、気付いているんですか?」
「いえ、気付いていません。彼からはこの現象が起き始めた頃に、記憶がなくなり、頭がぼんやりすることがあると報告を受け、健診を受けることを許可しました。」
「そんな状態で次の段階に進めるんですか?」
「検診の結果、肉体に何の異常も見受けられませんでしたので、大丈夫です。むしろ、セプテマにより、非常に健康的な状態を維持しています。ですので、彼の脳に直接電気信号を送るためのチップを埋め込みました。」
モーガンは身震いした。
この女は自分の目的のために、ただロバートを利用している。
「彼には了承を得ているのですか?」
「ロバートとは、あらゆる実証実験に対し、危険性や責任の所在を明らかにしたうえで、わが社にその判断を委ねるという契約を結んでいます。つまりは、彼の意思でもあるのです。」
それにしても、これは通常の実験とは訳が違う。
ひとりの女のエゴによる、何の保証もない、ただの人体実験ではないか。
「彼が消えている間、どこで何をしているのかもわからない。ということは、彼は何の命の保証は何もない、ということです。少なくとも、私は彼の安全性が確認できないのであれば、これ以上はあなたの実験に付き合ってはいられない。いずれこの事が-」
「この事が世間に知れたら、ですか?どうでしょう?批判もあるかもしれませんが、人類の新たな可能性を示すことになります。ウイルスの感染からも、人類を守ることができるかもしれません。」
人間は最終的には感情で話を始める。
こうなればこの大学教授には、もう切り返す力はない。
レイチェルは用事は済んだと確信した。
モーガンは、何とかこの実験を止めさせるよう説得できないか、レイチェルに訴えようと思っていた。
「そんなことは後付けでしかないでしょう。私はそうは思わない。今からでも-」
「ドクターは。‥すでに共同研究者です。批判するのであればなぜ共同研究の立場を取っているのか、世間に説明する必要があるでしょうね。それに、そもそもドクターの考えと我々の目指す目的地は異なっています。それなのになぜ、この研究に参加したのか。その辺りから問われることになると思いますが。」
モーガンはさすがに言葉が出てこなかった。
自分が冷静さを欠き始めていることにも気付いていた。
このままではまずい。
レイチェルの言ってることは確かに的を得ている。
この研究の全容を知らされていなかった、と言って信じてもらえるだろうか?
私を支持してくれている団体からも説明を求められるだろう。
いや、そんなことは後から考えれば良い。今はとにかくこの実験を止めさせなくては。
レイチェルは、そんなモーガンの考えを見越したかのように冷静に言い放った。
「このプロジェクトを止めようとしても無駄だと思います。すでに私が手を下すことなくとも、このプロジェクトは進んで行きます。ロバートのデータが取れれば、分析するのは私の優秀なチームです。私はただ結果を待つのみです。」
そういうとレイチェルは、モニターを1台立ち上げた。
「それよりも、この実験を一緒に見届けませんか。ドクターにとっても研究対象として不利益なものではないと思いますが?」
モニターにはベッドに横たわるロバートが映し出されていた。
すでに準備は整っていたのだ。
「やめろ!」
レイチェルはモーガンに微笑むと、マイクに向けて指示を出した。
「ロバートに実験を始めて。」
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