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ー僕は、死ぬことにしたー
良い人生だった。
努力すれば、実る人生だった。
良い仲間にも、恵まれた人生だった。
きっと周りの人は、
僕がいなくなっても、
なぜ自ら命を絶ったのか
わからないかもしれない。
何を思い悩んでいたのか、
そんなことに
思いを馳せてくれる人がいるかもしれない。
でも、
それでも、
やっぱり僕は、
ここを去ろうと決めた。
今日は、本当に朝から完璧だった。
そう、完璧だったんだ。
いつも黄身が破れてしまう目玉焼きも、
今朝だけは、
破れずとてもキレイに焼けた。
日課の散歩道で、
いつも吠えられる犬にも
今日だけは、吠えられなかった。
仕事もキリの良いところまで、
終えられたし、
あとは引き継ぎを見てもらえば、大丈夫だ。
死に場所は、
自宅マンションに決めた。
一人暮らしだし、きっと見つかるまでは、
時間がかかる。
命を絶つための、
薬を何錠か口に含んで、
水で飲み込んだ。
徐々に身体に浸透していくため、
少し時間がかかるらしい。
「......う...ぅ.........」
身体が
身体に薬が浸透していくのを
感じる
痛みが酷い
バリバリと血管の中を
針が刺していくようだ
意識が遠のいていく
息が苦しい
.........これが、死か............
もう身体が動かない
本当に死ぬんだ
そこに、ガチャガチャッと、
誰かが入ってくる音がした。
バタバタバタッと
足音がして、
手前の部屋のドアを開けている。
探しているのか。
やがて、僕の
僕のところに
目の前に現れたのは、
職場の後輩だった。
バディを組んでいる、
パートナーだ。
彼は、林檎がいくつか入っている
スーパーの袋を落とし、
息を切って、駆け寄ってきた。
涙が、
涙が溢れている。
僕を抱きかかえ、叫んでいる。
弟のように親しかった彼は、
泣き叫んでくれている。
きっと、大きな声なんだろう
僕には、もう、聞こえない
微かに、音が届く程度
でも、心臓が止まった音は感じた
ドクッ
と最後の鼓動を感じた
あぁ...死んだんだ
心臓は止まっても
あと5分
5分程度は、意識が持続すると
聞いた
死が訪れた
死がすぐそばまで来ている
こんな生と死の狭間を
経験するのは
不思議な気分だ
泣いている
目の前の彼は、泣いている
あれ
おかしいな
自分の頬にも
水滴がしたたるのを
感じる
僕も泣いているのか?
自分で決めたことなのに
自らそれを望んだのに
なぜか悲しい
彼が泣いているからか?
わからない
命を終える
というのは
こんな感情になるものなのか
まだ生きたいと
願っているのか
でも、もう遅い
もう心臓は止まっている
僕の意識はあと数分
ただ彼が
目の前の彼が
自分を責めないことだけを
願う
こんなに早く
見つかるとは思っていなかった
彼があと少し
それこそ、あと5分
早く着いていたら
と自分を責めないように
それだけを願う
ありがとう
見つけてくれて
死の狭間
この世を去る瞬間
僕は一人じゃなかった
きっと林檎は
僕が風邪をひいた時に
よく擦って食べるんだと
彼に話したことが
あったからだろう
ここ数日
音信不通になっていた僕に
会いに来てくれたんだ
せっかく
この世も良かったと
思えるように
思って去れるように
完璧な日を
今日の日を選んだのに
君のその悲しそうな顔を
見てしまったら
泣きじゃくって
何とか助けようとする
その姿を見てしまったら
もう僕の心臓は
動かないのに
後悔してしまうだろ?
去ることを選んだ自分を
自ら死を選択した自分を
この数分間に
全てが覆ってしまうような
この感情を
経験したのは
神からの罰なのかー?
そうとも考えないと
納得いかないな
自ら死を選択した
この意識だけの世界は
生と死の間にある
神の領域だったのかもしれない
ーやはり良いー
ー良い人生だったー
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