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唐突にスタッフルームのドアが開く。
思い出にふけっていた私は思わず声を上げて驚いてしまった。
入ってきたのはバイトの先輩の瞳さんだった。確か歳は私の3つ上で、大学生だった気がする。
瞳さんが小走りで近寄ってくる。大して広くもない部屋なのだからわざわざ小走りで寄ってくる必要も無いはずだ。
どんどん近くなる距離に、思わず一歩後ろに下がろうとすると踵がロッカーとぶつかる。部屋に冷たいスチールの音が響いた。
鼻と鼻とぶつかりそうなほど近い。
心に余裕は無いはずなのに、なぜか瞳さんの端正な顔の作りに目がいく。近くで見ても、瞳さんは綺麗だった。
目尻の少し上がった猫目に、高い鼻。形のいい艶やかな唇は今はムッと閉じられているが、笑った時は白い綺麗な歯が覗く。
瞳さんは追い詰められた私の顔をじっと見ると、おもむろに口を開いた。
「ねぇ前から思っていたんだけど、美里ちゃんって可愛い顔してるよね」
瞳さんの口から放たれた言葉に驚きを隠せず、金魚のように口をパクパクと動かすけれど何も言葉が出てこない。
顔が熱い。それこそ金魚のように真っ赤になってしまっているだろう。
クリンとした猫目を三日月のようにして、くくくと無邪気な笑顔を見せる瞳さん。
今まで一度も可愛いなんて言われたことがなかっただけに衝撃が大きい。しかも美人でキラキラしたタイプの女性にそんなこと言われるなんて。
「あのさ明日、日曜日だからシフトないよね?一緒に映画見てくれないかな」
瞳さんが人差し指と中指で挟んだ紙を、私の目前でヒラヒラと揺らす。手に取って見てみると映画のチケットだった。
映画は嫌いじゃないが、友達でもない人と行く勇気はない。断ろうと口を開くと、じゃ明日ね、と瞳さんは勢いよく部屋を出ていってしまった。
大変なことになった。
瞳さんという華やかな存在が居なくなった途端に、部屋が暗くなった気がする。飾り気のない部屋がより一層、陰気くさく感じられた。
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