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口が接着剤で塞がってしまったかのように動かない。
そんな私をよそに楓は美香に向かって満面の笑顔を見せ、そう思わない?と同調を求めた。けれど美香も色の着いていない石像のように動かなかった。
楓は手元の紙に鉛筆を走らせる。
6班
16番 たどころ みか タンバリン
17番 たなか かえで ピアニカ
18番 たなべ みさと
迷いなく美香の担当楽器の欄を埋めると、それを見た美香はなんで!と悲鳴のような声をあげる。
一瞬で音楽室中の視線を奪う美香。詩織先生もこの異変にやっと気付いたようでピアノの椅子から立ち上がり、心配そうにどうしたのと尋ねてくる。声には焦りが感じられた。
「みかちゃんがみさとちゃんのクジを無理矢理取ったんです。だからダメって言っただけです」
「みか、そんなことしてない!!最初からみかのクジだったの!」
「嘘はだめだよ、みかちゃん」
美香の目には溢れんばかりの涙が湛えられている。少しでも揺らしてしまえば零れ落ちそうだ。
そんな美香に、楓は続けた。
「ほら、取ったの返さなきゃ」
楓が美香に手を伸ばす。
次の瞬間、楓は地面に倒れ込んでいた。
「痛っ……」
詩織先生が楓に駆け寄る。生徒たちは自然に道を作った。
「みか、なにもしてない!!!」
手を離してしまった水風船のように、美香の涙は止まらない。
楓の腕にうっすらと浮かぶ血を見て、更に気が動転した美香は勢いよく駆け出す。音楽室の重いドアを全身で押し開けると、廊下を走り去ってしまった。
「美香ちゃん!待って!!」
楓の無事を確認して立ち上がった詩織先生は閉まりきる前のドアを押すと、追い掛けるようにして音楽室から立ち去る。
水を打ったように静かになった音楽室にガチャン、と重い音が残された。
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