線香花火

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「せーの」 重なる2人の声 それは美しい合唱には及ばないけれど 私たちの音を奏で、夏の真夜中に小さく響いた 手元にふたつ 小さな小さな朱玉が揺れる 徐々にしゅわしゅわと朱色の光が幾多に駆けていく 鮮明に 懸命に 輝いて闇夜に散りばめられていく その光は美しくて見惚れる 「先に落ちた方が負けね」 朱色に照らされた君の瞳と熱を帯びた声 「いいよ」 2つの朱色がばちばちと力強く輝く 火薬の匂いが鼻を突く 「俺が勝ったら、俺は海外の学校に進学する」 意を決した声だった 君の夢は大きくて私には届きそうにないけれど、それを追う君は輝いていてかっこいいってこと私が1番知っていた。 海外という選択は簡単にできることじゃない だからこそここに、夏夜の魔法に掛けるのだろう 「重い戦いだな…でも、私が勝ったら私の想いを聞いて?」 「わかった」 たかが線香花火で、くだらないかもしれない されど線香花火が私たちの運命を握る 真剣にその灯火を目で追って、沈黙が広がる 触れそうで触れない肩が 焦れったい距離感を保って まるで心の距離のようで 鼓動が騒がしい 私が勝ったら どうしよう 私の気持ちは彼を引き止める力を持ってしまうのだろうか 君の夢を応援したい そこに私個人の気持ちなんて、邪魔になるだけだ そんなことを考えながら、目の前の希望を見つめていた ふたつの灯火が同じ大きさで煌めく 綺麗で 儚くて ずっと輝いていれば良いのに なんて我儘を零したくなる 代わりに心で強く叫んだ お願い まだ落ちないで 私の願いも虚しく、私の灯火が一層大きく瞬きだして その寿命を物語る 落ちないでと願う私の横で 君は朱色の光を宿した目で私を見つめる ばちばちと弾ける花火の音が耳に響く 「勝てよばーか」 ぽとりと、灯火が落ちる 「え?」 小さくなっていく音 残る残像 君の、笑顔 「俺の勝ちだね」 私は呆然と君を見つめたまま、何も言うことが出来なかった 君の瞳が暗くなって、君の花火も落ちたのだと気づく 君は私の頭にぽんと手を置いて零す 「帰ろうか」 君の言葉 君との時間 私だけの 君 「私が勝ってたら…いや、なんでもない」 負けたくせに、こんなこと聞くのは狡いから飲み込む 涙が頬を伝って地面に落ちる 光りきった灯火のように 「好きだったよ」 そう零した君の切なそうな笑顔が 声が 頭に響いて張り付いた そんな顔しないでよ 過去形にしないでよ 今も好きって顔してるじゃんか 私が勝っていたら、全部言えた? 好きだって 行かないでって そんな我儘を聞いてくれたの? 何もかもを隠すように 大袈裟に 笑って咲いて 「頑張ってね」 と 君の背中を叩いた 夕立の季節でも 土砂降りの心でも 見上げた夏の大三角は馬鹿みたいに綺麗だった そうして君はこの街から姿を消した あの夜恋心だけ、ぽとりと落として 私を置き去りにして 君がいつか帰ってきた時は 勝負なんかに頼らなくても きっと真っ直ぐ想いを伝えられるようになってるから そしたら 夢を掴んだ君に 好きだよって 想いの火花を 散らすから どうか 私を忘れないでと 今はただ願う まだ火薬の匂いを纏って
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