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第11話『生命となる願い』
命を失った少女。永遠の命を手に入れた死神。
全てが終わった後、そこに残されたものは。
マンションの一室、亜矢の部屋。
その部屋の主であるはずの少女は、ベッドの上で静かに瞼を閉じていた。
眠っている訳ではない。
魂を失った亜矢の体は、今ではただの抜け殻に過ぎない。
そう、ただの『屍体』でしか———。
ベッドを取り囲むようにして、リョウとコランが立っている。
少し離れた壁に寄り掛かって座っているグリア。
深く俯いた顔は、銀の髪の中に埋もれて外から見えない。
誰も動かない。誰も話さない。
そんな完全な沈黙が支配する小さな部屋の中、コランは1人、亜矢に向かって手を伸ばした。
「なあ……、アヤはなんで動かないんだ?」
誰かに問いかけるように、それでいて独り言のようなコランの言葉。
リョウは少し顔を上げ、コランを見て何かを言いかけたが、瞳を伏せて再び強く口を閉ざした。
コランは、亜矢の手を小さな手の平で触れ、握る。
亜矢の手は、冷たい。何の反応もない。
「なんでこんなに冷たいんだ……?」
何が起こったのかコランには分からない。
人の『死』というものに触れたのは初めてだった。
だが、だんだんと何かを感じ取り始めたのだろう。でも、認められるはずがない。
コランは両手を広げると、ポンっ☆と小さい音と共に『黒い本』を出現させた。
コランはその本を両手で持ち、表紙を亜矢の方に向けて見せる。
「アヤ、見てくれ!『黒い本』がやっと復活したんだ!アヤのおかげだぜ。アヤが、オレに沢山の『命の力』をくれたから……!」
亜矢の瞳は閉じたままだった。
コランの声は、空しく沈黙の中に吸い込まれ、消えていった。
コランの言葉を返すものは、今は何もない。
亜矢の暖かさも、命の力も、いつもコランを包んでくれた優しい温もりも、亜矢の全てが、消えてなくなっていた。
何故?
亜矢は、確かに目の前に居るのに、何故?
コランの幼き心は、疑問から推測、確信へと過酷なまでの現実に辿り着かせる。
コランは身を乗り出し、上半身を倒してベッドの上の亜矢に抱きつく。
「アヤ……ほら、見てってば……なんで答えてくれないんだよ?やだ………!!起きて、目開けて……!!なあ、目開けてくれ、アヤッ!!………うっ……うわ…あああ………!!」
静かだった部屋に、コランの激しいまでの嗚咽だけが響く。
それでもグリアは少しも動かなかった。
亜矢の命と引き換えに永遠の命を手に入れたはずの死神が、まるで死んだように動かない。
その代わりに、リョウが小さく口を開いた。
それと同時に、リョウの頬に一筋の涙が伝い流れる。
もう、何度こうして涙を流しただろうか。
「亜矢ちゃん……。ボクは、君を必ず救うと言ったのに。なのに………救われたのは……ボクの方だった」
リョウは、亜矢の命をかけた最後の言葉によって『呪縛』から解放された。
その代償に失ったものが亜矢自身の命では、あまりに重すぎる。
自分が1年間してきた事は一体、何だったのか。
自分自身への後悔と怒り、命をかけた亜矢への悲しみと懺悔。
涙を流す理由なんて、すでに分からない。
ただ、大切なものを失った時、こうする事しか出来ないとばかりに。
「………うるせえよ、てめえら」
部屋の隅から聞こえて来た、小さくも重い声。
しゃくり上げて泣いていたコランは、大粒の涙を零したままの顔を上げ、振り向く。
リョウもまた、我にかえったかのように顔を横に向ける。
相変わらず床に座り込んだままのグリアだが、いつの間にか鋭い視線を2人に向けていた。
「グリア…?」
リョウは小さく呟いた。
「泣いてどうなるってんだよ」
グリアは腰を上げた。
長い沈黙をようやく破って立ち上がり、ベッドの前に立ち、亜矢を見下ろす。
リョウは確認するようにグリアの顔を見るが、泣いていた様子もない。
コランはグリアの顔を見上げると、静かに亜矢から離れた。
グリアと、亜矢の顔が向かい合えるように。
「……コイツは、いつもそうだ。てめえの事よりも、他人を生かそうとする」
グリアの淡々とした言葉が響く。
だが、確かにその言葉は亜矢に向けられている。
「理解出来ねえよ。オレ様が与えた1年を無意味にしやがって」
口調こそ冷たいが、亜矢を見下ろすグリアの瞳と声からは、悲痛なまでの心の痛みと悲しみが伝わってくるようだった。
ぐっと、リョウは唇を噛んだ。握られた両手が震える。
1年が無意味なんかじゃない。それは分かっている。
リョウにとって、亜矢との1年とは。
1年間、呪縛に苦しみながらも自分を保って亜矢の側に居られた事。
そんな自分を最後まで信じてくれた事。救ってくれた事。
いつ命が尽きるか分からない不安定な心臓を持ちながらも、いつも笑顔と命の力を輝かせて、眩しいくらい自分に向けていた。
もし、こんな形なんかではなく出会っていたら、もしかしたら自分は素直に——。
コランにとって、亜矢との1年とは。
温かくて、優しい毎日だった。
小悪魔である自分に何の抵抗もなく接し、抱きしめてくれた。
そして、何の戸惑いもなく自分に『命の力』を与え続けてくれた事。
コランは知っていたのだ。
いつもコランは先に眠ってしまうが、亜矢はベッドに入ると必ずコランを優しく抱きしめて眠ってくれるという事。
この嬉しい気持ちと心地よさ。
自覚こそないが、亜矢はコランにとって初めての。そう、初めての——。
「グリア、ボクは……!!」
「死神の兄ちゃん、オレ……!!」
リョウとコランが同時に、何かを言おうとした。
だが、グリアがその言葉を塞ぐかのように2人を振り返った。
何かの強い意志を秘めて。そして、2人の意志を受け止めて。
「泣いてもどうにもならねえ。だから、てめえら……オレ様に力を貸せ。いや……貸してくれ」
グリアの口から出たのは、今までにない懇願の言葉。
その言い回しからも、グリアが今、本気で何かが必要で、望んでいる事が分かる。
人に譲ったり、屈したり、願いを乞う事。
グリアという死神の中に、それらは存在しないはずだった。
リョウは驚き瞳を見開くが、返事の代わりに強く見返す。
「……どうするの?」
グリアは、自分の首元に手を当てた。
そこには、大きな赤い宝石のついたペンダント。
グリアが常に、その首に身につけていたもの。
「この石の中には、今までオレ様が魂を喰らった人間の命の力を封じてある。これを全て解放する事によって、オレ様はあの時完全には消滅しないはずだった。……まあ、確信はねえが」
グリアは、『魂の器』が完成された後、自分自身を消滅させない為にすでに策を用意していたのだ。
だが、それを使うタイミングを逃した為に、あの時グリアは消滅しかけた。
「この石の力を、今度は亜矢の蘇生の為に解放する。だが、下手すりゃ失敗どころかオレ様自身が消し飛ぶかもな?」
「えっ!?だってグリアは、永遠の命を…!!」
リョウが別の部分で驚きに声を上げる。
「永遠の命を手に入れる方法なんざ、存在しねえよ」
リョウは言葉を止めた。それが、リョウすら知らなかった『魂の器』の真実だった。
グリアは亜矢を生き返らせる為だけの理由で、1年間儀式を行ったのだ。
そんな中、コランは純粋にグリアの言葉を受け止める。
「なあ、アヤを生き返らせる事が出来るのか!?だったらオレ、何でもする!!」
リョウはそんなコランを見て、軽く微笑んだ後、グリアを見た。
「ボクも協力するよ、グリア」
グリアは何も返さなかったが、小さく口元で笑った気がした。
死んだ人間を生き返らせる事。
それは、この世に存在する中で最大の禁忌。
しかし、死神と天使と悪魔が力を合わせた時、何が起こるのかは——誰も分からない。
前例がないからだ。
全く異なった、相反する種族同士の力の融合。
それによって得られる力と、代償として失うものは何か。
グリアはペンダントから宝石を取り外した。
赤い宝石はグリアの手から浮き、離れて僅かに輝きながら亜矢の胸の上で位置を留めた。
リョウが、その宝石の上に手を乗せる。
「亜矢ちゃん、ボクは…今、約束を果たす。ボクの全ての力にかえても……絶対に!」
それが、天使・リョウの思い。
リョウの手の甲に重ねるようにして、コランは小さな手の平を乗せる。
「アヤ…。生き返りたいというアヤの願い、オレはあの時、叶えられなかったけど……今度は…絶対!!」
それが、小悪魔・コランの思い。
「オレ様は必ず、亜矢を手に入れる…!!魂だけじゃねえ、亜矢の全てを!!」
それだけが、死神・グリアの思い。
最後に、グリアは2人の手に重ねて自分の手を乗せた。
死神と天使と悪魔の力が重なった時、起きる奇跡とは。
長い夢を見ていたような気がする。
朝日がカーテンの隙間から漏れて部屋を明るく染めているのが視界に入った。
ゆっくりと瞼を開いた。
トクン、トクンと自分の胸から聞こえる鼓動の音が、何故か心地よく感じた。
理由もなくそのまま呆然とした後、亜矢はベッドから起き上がった。
いつもの朝。今日は何曜日だったか?
ああ、そうだ、土曜日だ。亜矢は、はっきりしない思考のまま部屋を見回す。
何か、とても静かな気がする。
1人暮らしなんだから当然なのだろうが、何か急に別の孤独感に襲われた。
亜矢は頭を軽く振ると、ゆっくりと歩きキッチンへと向かう。
そこで亜矢は足を止めて再び呆然と立つ。
キッチンには、何故か小さなお椀やらお皿やらが増えている。
どう見ても、自分が使う為に買ったものではない子供用の食器。
一体、誰がこの食器を使用していたのだったか?
頭にモヤがかかったみたいに、何も思い出せない。分からない。
亜矢は部屋に戻って、再び自分の周りに目をこらす。
テーブルの上には、散らばったままのトランプのカード。
一体、自分は誰とここでトランプで遊んでいたのだろうか?
亜矢は、心から何か大切なものが抜けているのを感じ、不安に似た恐怖を感じた。
バン!
何かの衝動に背中を押され、亜矢は玄関のドアを開けて、外へと飛び出した。
まず無意識に体を向けたのは、右隣の部屋。
その部屋の前に立って、亜矢は息を飲む。
そのドアの横に表札はなく、『空き部屋』の貼り紙。
それを見た瞬間、亜矢は絶望に近いものを感じた。心臓が異常な速さで鼓動を刻む。
続いて亜矢は、自分の部屋の左隣の部屋のドアも確認するが、同じ事だった。
亜矢の部屋の両隣には、誰も住んでいない。
いつから、空き部屋になっていたっけ?
今までは、誰が住んでいたんだっけ?
記憶ははっきりしない。いくら考えても答えは出ない。
強い孤独を感じた理由は、これだけで説明がつくものではない。
亜矢は力のない足取りで、自室に戻る。
たった1人だ。
1人でいる事なんて、慣れているはずだった。
だけど、なんで、こんなに心が苦しいまでに寂しい……?
嫌、1人にしないで。
助けて………お願い、助けて————……
どうして人は、失ってから大切なものに気付くのだろうか。
だが今の亜矢には、その大切なものが何なのかという事さえ思い出せない。
大声で泣いてしまいたい気分だった。
玄関にしゃがみこみ、そのまま背中を丸めた。
その時だった。
バン!!
玄関のドアが再び、勢いよく開いた。
亜矢が驚いて座った体勢のまま顔をドアに向けると。
ドアの前に立っていたのは、1人の少年。
黒いコートを身に纏い、首元には大きな赤い宝石の付いたペンダント。
銀髪が逆光で光っていた。
目つきはきつく鋭いが、とても綺麗な顔立ちをしていた。
「コンニチワ。来てやったぜ」
ニヤリ、と笑うと、グリアは構いもせずに堂々と部屋に上がる。
「えっ!?ちょっ、ちょっと!!あんた誰よ!?」
亜矢は、部屋の奥へと進もうとするグリアを制止するべく、背中から言葉を投げる。
「ちょっと、待ちなさいよ!!警察呼ぶわよ!!」
すると突然、グリアは前触れもなく体全体で振り返った。
いきなり向かい合う形になり、亜矢は何故かドキっとして動きを止める。
真直ぐ見据える、グリアの瞳。
この瞳の色、この声も。前にもどこかで…?
「…蘇生は成功したが、記憶までは蘇生出来なかった」
「……は?」
グリアの言葉の意味が、亜矢には分からない。
何を言ってるんだろう、という不審感よりも、その意味が気になって。
グリアは、亜矢のすぐ近くまで歩み寄る。
亜矢はグリアの瞳に焦点を合わせたまま、引き下がる事なく見上げる。
抵抗や拒絶の心は全く起こらない。見ず知らずの人なのに、なんでなのか?
グリアは、自分の胸元に手の平を添えた。
「だが、あんたの記憶はココにある」
グリアは『魂の器』の儀式の後に一度、亜矢の魂をその身に取り込んだ。
だから、その魂と共に亜矢の記憶もグリアの中にあるのだ。
「返しにきてやったぜ、記憶を」
グリアは胸に添えたその片手で、今度は亜矢の頬に触れた。
もう片方の手で、亜矢の腰を引き寄せ、近付ける。
亜矢の体は簡単に引き寄せられた。拒絶の意志は感じられない。
「あ……や、やめて……何す………」
亜矢は口でこそ拒否するが、拘束されている訳でもないのに身動きが出来ない。
「『口移し』いや、『口付け』か?ま、どっちでもいいが」
亜矢はその言葉に反応し、至近距離ながらもグリアを睨み返す。
だが、僅かに紅潮した頬と亜矢の鼓動が、余計に男を煽っている事に気付かない。
「いや………」
亜矢は瞳を閉じた。
拒みたい訳じゃない。どこかの潜在意識が、認めたくないと信号を送っているのだ。
彼を受け入れるという事は、この唇が触れるという事は、つまり———?
「相変わらず素直じゃねえなあ?」
2人が触れる瞬間、亜矢の口から最後に小さく零れた言葉。
「………グリア……」
その言葉を聞いたグリアは一瞬目を見開いたが、もう止められはしない。
重なった唇、注がれる記憶。
受け止める少女、甦る記憶。
その口付けの途中、いつの間にか亜矢の閉じた瞼の端から、涙が流れていた。
2人が離れた後、亜矢は小さく息を吐いたが、いつもの彼女らしくグリアを突き放そうとしない。
今、やっと全てを思い出した。
とは言っても、あの時に自分の魂をグリアに注ぎ、倒れた後の空白時間の記憶はないが。
「グリア………生きてる………」
亜矢は、グリアの存在を確認するようにじっと見上げる。
「ああ?生きてるぜ。あんたもな」
何が起こったのか、亜矢には分からない。
『魂の器』の儀式の後に、自分は死んで、グリアは永遠の命を手に入れた、と。
その結末の後、何が起こったのか。どうして今、自分は生きているのか。
だが、確かな事実は、今もこうして、グリアも亜矢も生きて存在している事。
2人が生きる上で縛るものは、もう何もないと思えた。
「良かった…ぁ……」
亜矢はポロポロと涙を流し、グリアの体を自らの両腕で抱き締める。
今までにない亜矢の行動にグリアは意表を突かれるが、すぐに気を取り直して亜矢の顔を上に向かせ、指先でそっと涙を拭ってやる。
「言っただろ?あんたを生かしてやる、と」
「うん……ありがとう」
普段は面と向かって言えないような言葉が、今は不思議なくらい素直に出てくる。
「やっと……あなたが誰なのか分かったよ」
「ああ、記憶を戻したからな」
「そうじゃない、あなたの正体。あなたは死神じゃなかったわ」
命も、記憶も取り戻してくれた人。奪うのは、魂でなく唇と心だけ。
正直、彼の正体は何であるかは、もう問題ではない。
「残念だが、オレ様は死神だぜ」
「じゃあ、ヘタレな死神」
そんな今の亜矢にさえ、少なからずグリアは惹き付けられるものを感じた。
グリアはその衝動に動かされるようにして、再び重ねようと顔を近付けるが———。
「あの〜………」
亜矢とグリアの背後、玄関のドアの前に誰かが立っていた。
亜矢はその人の存在に気付くと、反射的にグリアを力いっぱい突き飛ばした。
ドガっ!!
「でっ!!」
突き飛ばされた勢いで、グリアの後頭部と背中は壁に激突した。
玄関の前に立っていた少年は、申し訳なさそうに頭をかいた。
「あっ、取り込み中だったかな……ゴメン」
照れながら、笑う少年。
亜矢は突き飛ばしたグリアに構わず、とっさに叫んだ。
「リョウくんっ!!」
リョウは亜矢の反応を見て、少し驚いた様子だった。
「あれ、亜矢ちゃん、記憶戻ったの?」
リョウが言い終わるよりも前に、亜矢は駆け出してリョウに正面から抱きついた。
「リョウくん!!良かった!!いつものリョウくんに戻ったのね!!」
「えっ!?え、あ、亜矢ちゃ…!?」
さすがの天使も、亜矢のこの行動には意表を突かれたらしい。言葉になっていない。
リョウは顔を赤くしながら、気を取り直して亜矢に言う。
「ボク、左隣の部屋に住む予定だから、挨拶に来たつもりだったんだけど」
つまり、今までと同じという事だ。
グリアは後頭部の痛みを堪えながら、つまらなそうな顔をして床にあぐらをかいている。
「亜矢ちゃん、ごめん。……本当に………」
一言では言い切れない今までの思いを抱え、リョウは小さく言った。
「え、何が?何でリョウくんが謝るの?またお隣さんだなんて、嬉しいわ!!」
亜矢はそんなリョウに笑顔を返した。
リョウは救われた気がした。そうだ、この笑顔が…そんな彼女が…いつも…。
「天界の方は?大丈夫なの?」
「あ、うん。ボク、天界に仕えるのは辞めて、フリーの天使になったんだ。だから、このまま人間界に住んじゃおうかな〜なんて」
「って事は、もしかして…」
亜矢は何を思い出したのか、グリアの横を駆け足で通り過ぎて自分の部屋へと向かう。
通学用のカバンを手に取ると、焦るような手付きでその中身を掻き回す。
「あった…!!」
亜矢がカバンの中から取り出した、1冊の本。
それは、黒い表紙に目のような紋章が描かれた本。
亜矢は緊張しながら、そして何かを期待しながらその本をそっと開く。
ブワッ!!
本を開いた瞬間、激しい閃光が本の中心から天井に向かって昇る。
目を細めて亜矢がその光を見上げると、
ポンッ!!
という軽い爆発音と共に、煙の中から何かが落ちて来た。
背に小さな黒い羽根を生やした、小悪魔。
「アヤ——!!」
コランは着地するよりも先に嬉しそうに叫び、亜矢に向かって落下していく。
「コランくん!!」
亜矢はコランを見上げ、受け止めようと両手を構えた。
亜矢の腕の中に着地したかと思いきや、コランは亜矢に抱きついた。
「またオレを召喚してくれてありがとう、アヤ!!」
亜矢は涙を浮かべて頷くと、ギュと抱きしめた。
「おかえり……コランくん」
「えへへ……やっぱり、アヤの側が1番いい」
コランは照れくさそうにしながら、嬉しそうに亜矢に頬を寄せた。
ふと、亜矢が気配を感じてコランを抱いたまま振り返った。
そこには、いつの間にかグリアとリョウが立っていた。
亜矢はコランを降ろすと、指で涙を拭った。
「結局、全て元通りなのね」
そういう亜矢は、どこか嬉しそうに微笑んだ。
グリアは一歩前に出た。
「ああ、元通りだ。これからの毎日の『口移しも』な」
「そう、口移しも……って、はぁっ!?」
嬉しそうな微笑みから一変、亜矢は固まった。
「な、なんでよ!?もう口移しは必要ないんでしょ!?」
グリアは平然としている。かと思うと、フっと笑った。
「あんたを生き返らせる為に、かなりの力を使い果たしちまったからな。しばらくは毎日、人間の魂を喰い続けねえとオレ様が生きていけねえんだよ」
「そ、そんな!魂を狩るなんてダメよ!」
「だろ?だから、あんたの命の力をもらうぜ。毎日、『口移し』でな」
亜矢は何も言い返せなくなった。つまり、これって…。
立場が逆転しただけで、何も変わってないという事!?
確かに、『魂の器』の儀式によって膨大な力を宿した亜矢の魂なら、毎日グリアに『命の力』を与え続けても影響はないだろう。
いや、ある。毎日唇を奪われるという、精神的苦痛がっ!
「いや——!!何でそうなるのよっ!?」
亜矢の叫び、空しく。
リョウはただ、そんな亜矢を見て苦笑いしていた。
「いや、同じじゃないぜ。今度の口移しは1年じゃ済まねえ、無期限だ。毎日オレ様を満たせよ、亜矢」
「はあっ!?何よそれ!!冗談じゃないっ!!」
「なんだよ、2度も生き返らせてやった恩を忘れたとは言わせないぜ」
またもや脅迫行為に出たか!?と、亜矢は悔しいながらも諦めの溜め息をついた。
これでは、1年前と全く同じではないか。
「オレ様も今まで通り、右隣の部屋に住むぜ」
「………もう、好きにして」
亜矢は力なく答えた。これからの日々を思うと、再び気が重くなる。
「また、オレ様がお隣サンで嬉しいか?」
「全然嬉しくないっ!!」
「そうか、なら同棲の方がいいか?ハハハハ!!」
「バカーーーー!!!」
何やら1人、空回りな怒りをぶつけている亜矢。
そんな2人を見ているコランとリョウ。
「なあ、なんでアヤは怒ってるんだ?」
リョウはぷっと吹き出して笑う。
「違うよ、仲がいいんだよ」
ちょっと羨ましい、とリョウは思った。
『口移し』をする者と、される者。
立場の逆転はあっても、そこからまた、変わらない日々の始まり。
死神と天使に挟まれ、小悪魔と共に暮らす生活。
普通の少女の普通でない日常生活は、まだ始まったばかり。
死神は、新たな目的を果たす為、少女に迫る。
亜矢の心を、手に入れる。
『口移し』……いや、『口付け』にこめられた本気の野望に、
亜矢が気付くのはいつの日だろうか。
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