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第4話『魂の器』
亜矢の前に現れた少年・リョウの正体は、天界から来た天使であった。
その天使が『天使リョウ』と名乗り、亜矢のクラスに転入してきた。
その、次の日の事。
朝、登校しようと亜矢がいつものように玄関のドアを開けた。
……が、亜矢はドアの手前で、隣の部屋から出て来た人の気配に視線を移した途端に、動きを止めた。…固まった、とも言う。
亜矢の住むマンション。
亜矢の部屋の右隣の部屋に、死神グリアは住んでいる。
だが、今、亜矢が凝視しているのは、左隣のドアから出て来た人物。
「あ、亜矢ちゃん、おはよう」
にこやかに挨拶をしてくる、天使の彼。
予想もしていなかった、でも何となくデジャヴを感じるこの展開。
(何で、リョウくんが隣の部屋から出てくるの!?)
その、亜矢の心の疑問に答えるように、リョウは変わらぬ笑顔で言う。
「挨拶が遅れちゃったけど、この部屋に引越して来たんだ」
「そ、そうなの……」
どこか、展開についていけないような、力のない返事を亜矢は返す。
まさか死神と天使に挟まれて暮らす事になるなんて、誰が予想出来ただろうか。
少し前までは、一人暮らしをする普通の女子高生であったはずなのに。
だが、あの意地の悪い死神に比べれば、天使のリョウにはそれほど抵抗は感じない。
しかし、彼が人間界に降り立った理由が分からないだけに、どうも掴み所がなく、ちょっと恐い気もする。
この展開は、また何かが起こる前触れではないか、と。
今日の異変は、それだけではなかった。
「おはよう!美保、白川!」
「おはよう、亜矢!」
「おーーーっす!!」
学校に辿り着き、こうやって友達と教室で挨拶を交わすまでは、いつもの風景だ。
「何、キョロキョロしてんだよ春野?」
何かを探すように教室内を見回している亜矢に、白川が疑問に思った。
「……死神がいないなぁって思って」
今日の朝はリョウが一緒だったせいか、珍しく死神に会わなかった。
だったらグリアは先に学校に辿り着いていてもおかしくない。
すでに、授業開始まで僅かな時間しかない。
あの余裕たっぷりな死神が、この時間まで姿を現さないのはどういう訳か。
だが、次の美保の一言で、衝撃と共に亜矢の思考は現実に引き戻される事になる。
「死神って………誰だっけ?」
「え?」
嘘はない真直ぐな美保の瞳を見返し、亜矢は思わず聞き返した。
「誰って…、死神よ。死神グリアの事じゃない」
グリアは、人間界では名字を『死神』と名乗っている。
「あ、うん………ああ、そっか。グリアくんよね」
やっと思い出したかのように、どこか曖昧な美保の口調。
訳も分からず、亜矢は白川の方に視線を移す。
「そうだよな、オレも今一瞬、このクラスに死神なんて奴いたっけ?とか思っちまった。おっかしーな」
そう言って頭を掻く白川。どうやら冗談を言っているようではない。
「ちょ、ちょっと白川まで何を…!?」
さらに、追い討ちをかけるように他のクラスメイトも言う。
「ああ、オレもだ。何だか不思議な感覚だぜ」
「み、皆まで……」
(一体、皆どうしちゃったの?)
とりあえずこの場では深くは追及せず、亜矢は少し離れたリョウの席まで歩いていく。
先程の会話が聞こえていたのか、リョウは真剣な顔をしている。
「どう思う?今の……」
亜矢が不安げに問いかける。
「うん、おかしいね」
リョウは何かを察したようだ。思ったよりも深刻な表情をしているリョウを見て、亜矢の中で再び、不安に似た胸騒ぎが生まれる。
元々、グリアは不思議な力を使ってこの学校の人達の記憶を操作し、自分の存在を皆の記憶に溶け込ませ、この高校の生徒になりすましているのだ。
だから元は、皆の記憶の中にグリアがいないのは当然なのだが。
リョウは顔を上げた。
「グリアの力が、弱まっているのかもしれない」
もはや、これは亜矢に理解できるような、どうこうできるような範囲の話ではないようだ。
だが、リョウの言葉からして、グリアに関して何かの異変が起きているのは確かなようだ。
つられて亜矢も深刻な表情になるが、次にはリョウはニコっといつもの調子で笑いかけた。
「後で、グリアの部屋に行ってみよう?ボクもちょっと気になるんだ」
「………ええ。気は進まないけど」
それは紛れもなく亜矢の本音ではあるが、別の意味で亜矢もグリアの事が気になるのだ。
(まさか、死神が病気って事はないわよね……?)
あれだけ、日々グリアの事を拒絶してきた亜矢。
だが、今は彼の事ばかりを気にしているのは何故か。
もちろん、本人に自覚はない。
結局、その日はグリアは学校へは来なかった。
一日の授業を終えて下校し、マンションへと帰った亜矢とリョウ。
二人は、『死神』という表札がやけに目立つ、グリアの部屋のドアの前に立つ。
「そう言えばあたし、死神の部屋に入った事ってないのよね」
ドアを開けたら、その先は死神界へと繋がってたりして…?
とか想像を巡らし躊躇している亜矢に構わず、リョウはドアをコンコンと叩く。
「グリア、いる?」
数回ドアを叩いても、中からは何の反応もない。
「死神、いないのかしら?」
「ううん、いるよ。気配で分かるから。………グリア、入るよ?」
そう言うなり、了解も得ずリョウはお構いなしにドアノブに手をかける。
「りょ、リョウくんっ?」
平然とした顔で大胆な行動に出る天使に、亜矢は目を丸くする。
どこか、恐いもの知らずなリョウなのだ。
だいたい、気配で分かるのなら『いる?』と問いかけるのは違う気がするが。
「リョウくんってすごいわね」
「ん、何が?」
相変わらず邪気のない、文字どおり天使の笑顔だ。
鍵はかかっていないらしく、すんなりと玄関のドアは開いた。
「簡単にドアが開くって事は拒否されていないみたいだよ。行こう、亜矢ちゃん」
「え、ええ……」
やっぱり、この天使はただ者じゃないなあ、と亜矢は改めて思った。
玄関から中に入り、リビングを見渡す。
「へえ〜、中は意外と普通なのね」
内装はそれほど凝っている訳ではなくシンプルだったが、人が普通に暮らす為の必需品は全て揃っているように見られた。
「こんなの、何に使うのかしら…」
亜矢は、何気なく置かれていた冷蔵庫に向かってツッコミを入れる。
死神は人の魂を食べて生きるのだから、基本的に人間の食べ物は必要ないのである。
まあ、最近は魂の代わりに人間の食べ物を食べて栄養補給しているみたいだが。
どうやら人間界に降り立った死神グリアは、人間に興味を持ったのか、暮らしそのものを人間に真似てみようと思い、部屋の内装もそれらしくしたのだろう。
(本当に暇人なんだから、死神は)
いちいち心でツッコミを入れてみる亜矢。
だがリョウはそんな亜矢に構わず、どんどん奥へと進んでいく。
目的は、あくまでグリアの様子を見る事だった。
そして、ある一室のドアを開けると、そこにはグリアの姿があった。
だが、そこにいたグリアの姿を見て、亜矢は………気が抜けた。
グリアは、ベッドで寝ていたのである。
とはいっても横になっているだけで、しっかりと開いた瞼から鋭い視線でこちらを睨んでいる。だが、ベッドで寝たままなだけに迫力がない。
「ったく、勝手に来んじゃねえよ……!」
「それはボクに言ってるの?心配して来たのに…」
「他に誰がいるってんだよ。心配なんざいらねえ」
何となくリョウとグリアが険悪な雰囲気の中、亜矢が間に入って本来の目的を告げる。
「あんた、昼寝してて学校に来なかった訳?」
ちょっと、遠回しに皮肉っぽく言うのもいつもの事。
「んな訳ねえだろうが……!!」
そうは言うが、どうもグリアの口調はいつもの余裕と力強さがない。
彼らしくもなく、どこか弱々しささえ感じる。
やはり、どこか具合でも悪いのだろうか。
その答えを探る以前に、リョウがすでに気付いたようだ。
「やっぱり、力を使い過ぎたんだね?いくらお前でも、最近は無茶しすぎだよ」
うわ、穏やかな顔してグリアの事を『お前』とか言っちゃうんだ!とか、亜矢は密かに別の部分で驚いてみせたりする。
「力を使い過ぎたって、どういう事なの?」
いまいち状況が飲み込めない亜矢は、答える気がなさそうなグリアの代わりにリョウに向かって聞く。
「グリアは毎日亜矢ちゃんに『命の力』を注いでいる上に、最近は死神の主食であるはずの『人の魂』を狩る事も控えていたみたいだから」
「え……、それって………」
亜矢はグリアの方へと視線を移す。
グリアは不機嫌な顔をしてフイっと顔を横に向けた。
リョウは一瞬、言葉の間を開けたが、小さく続けた。
「グリア自身にも相当、負担がかかっているんだろうね…」
ハっと、亜矢は一瞬、息を止める。
(それってもしかして、あたしのせい………!?)
毎日、口移しによって『命の力』を亜矢に注ぎ続けた死神グリア。
亜矢にとってそれは不本意な事だったが、彼が自分を生かしてくれるというのは本気らしい。
いつも口移しの時には——、口付けをする時の彼の眼は、真剣だったから。
その一瞬だけは、信じられた。言葉ではなく、何かで伝わってきたから。
バッ!
亜矢は突然立ち上がった。
背中を向けて走りだすと、ドアの手前でグリアとリョウの方を振り返る。
「人間の食べ物でも、少しは栄養の代わりになるんでしょ!?あたし、コンビニで何か買って来る!!ちょっと待ってて!!」
「おい、亜矢っ…!」
バタン!
グリアの声も届かず、亜矢は部屋から出て行ってしまった。
部屋に残された、グリアとリョウ。
「いい子だよね、亜矢ちゃんは。……確かに、今のグリアは栄養失調だもんね」
クスクスと笑うリョウ。
グリアにとっては面白くもなんともない。だが、言い返す元気もなく。
「……買ってくるなら、肉入りのオニギリにしやがれ………」
と、亜矢を呼び止めた事に対しての言い訳を呟いた。
狭い部屋に、死神と天使が二人きり。何とも不思議な空間である。
しばらく沈黙が続いた。
グリアは熟睡する訳でもなく、ベッドの上で仰向けになり、薄く眉を開いていた。
だが、ふいにリョウが小さく口を開いた。
「亜矢ちゃんを、『魂の器』にする気なんだね?」
唐突に切り出された、話。
グリアの瞳が大きく開かれる。
少し間があって、それから——いつもの口調でグリアは返す。
「———さあな」
グリアの少しの心の乱れも見逃さないリョウは、その返事で悟った。
そして少し顔を俯かせると、天使には似合わない、その表情に暗い影を落とす。
「止めはしないよ。ただ……、ボクは、最後まで見届けるから」
グリアは目を閉じた。
お互い、顔も合わせないでの会話だが、何か奥深い所で繋がっているようだ。
「当たり前だ、誰だろうと…邪魔はさせねえ」
その、力強さを込めた言葉にグリアの意志が感じられる。
バタン!
ちょうど、その会話の区切りを見計らったようなタイミングで部屋のドアが勢いよく開いた。
息を切らしつつ、コンビニの買い物袋を手にした亜矢が部屋に入ってきた。
「お待たせ、買って来たわよ!」
グリアがベッドから身を起こすと、亜矢はそのグリアの膝の上に買って来た食べ物をドサドサっと乗せる。
グリアは、冷静にその食べ物を物色し、手に取る。
ある一つの食べ物を手にした時、グリアはニヤっと笑った。
「お、肉入りオニギリ。気が利くじゃねえか」
「あんたの好みは覚えたわ。今日は奮発!」
いつもなら嫌味に聞こえるであろうその言葉も、今は何だか素直な意味として言える。
そして、嬉しそうにそのオニギリを食べる死神を見ていると、自然と笑えてくるのだ。
「じゃあ、ボクはもう帰ろうかな」
リョウが立ち上がると、亜矢も慌てて立ち上がる。
「ま、待って、あたしも…!」
どこか照れを隠すようにも見える素振りで、亜矢はリョウの後を追った。
「おい、リョウ」
立ち去ろうとするリョウの背中を、グリアの低い調子の声が呼び止める。
「………なに?」
薄く笑いを浮かべ、リョウが静かに振り返る。
「………………」
だが、グリアはその続きを言わない。
『余計な事はするな』
そのグリアの沈黙が示す意味を、リョウはすぐに読み取った。
そしてグリアは立ち上がると、ゆっくりと亜矢に向かって歩き出す。
「亜矢」
ゆっくりとした足取りで近付くと、亜矢の目の前に立つ。
亜矢はグリアを見上げる。
いつもの、意地悪で余裕のある彼とは、どこか違う。だから、油断もしていた。
グリアは亜矢の頬を片手で包むと、亜矢が反応するよりも先に口付けた。
「………っ!!」
少し長い時間……いや、数秒なのかもしれないが、ようやくそれは離れた。
いつもの亜矢らしくなく、呆然とグリアの顔から視線をそらさない亜矢。
「これは、礼代わりだ………なんてな?」
ククっと笑うグリア、そこでようやく、亜矢は我に返った。
「な、何すんのよっ!!いきなりっ………!!」
顔を赤くし、口元を押さえる。
この反応からして、いつもの亜矢の調子ではないのは明らかだ。
「バーカ、いつもの口移しだろうがよ」
「あっ…」
言われて気付いたのか、亜矢の動きが止まった。
確かに今、彼は『命の力』を注ぎ込んでくれたのだ。この行為はもう、日課。
だが、亜矢は今———確かに、別の事を意識した。
今回ばかりはちょっと自覚があった。
認めたくはないが、グリアに対して、亜矢の中の何かが変わりつつあった。
そう、これも今日の『異変』の1つなのであった。
そして、何かが起こる前触れ———。
グリアの部屋から出た、リョウと亜矢。
すると、いきなり亜矢がリョウを真直ぐ見据え、問いかける。
「ねえ、『魂の器』って何?」
リョウから、笑顔が消える。さすがにふいをつかれたのだろう。
だが、それも一瞬の事。
「あはは…、聞いてたの?」
それは珍しく、いつもの穏やかな笑いではない。ちょっと困っているようだ。
だが、ごまかすような事はしない。
「話せば長くなるんだけどね…」
意外にも真剣な表情をしているリョウを見て、思った通り、これは何かがあると思った。
「じゃあ、あたしの部屋に来て?お茶でもしながら話しましょう」
亜矢は、その話を聞きたいらしい。
リョウは何かを思って小さく俯いたが、やがて小さく「うん」と返事をした。
リョウの脳裏に、『余計な事はするな』と自分に呼びかけたグリアの視線が甦る。
(それでも、亜矢ちゃんが真実を知った上で、それを受け止める事が出来なければ……ダメなんだよ?)
記憶の中のグリアに話し掛けるように、リョウは心で呟く。
リョウは、話す決心をした。
二人はそのまま亜矢の部屋へと入り、小さなテーブルに向かい合って床に座った。
グリアが勝手にこの部屋に上がりこんだ時はとても腹が立ったものだが、リョウの場合は別。
邪念がないというか、何故か安心して心を許せるというか。
さすがは、天使。
だが、その感覚が実は危険なものであるという真実を知るのは、もっと先の話。
「最初に言っておくけど……ボクの話は、ちゃんと最後まで聞いて欲しいんだ」
意外にも、話題を切り出したのはリョウの方だった。
一度決心した為に、躊躇はしないらしい。
「ええ、分かったわ」
亜矢は頷いた。
「『魂の器』、それは亜矢ちゃん自身の事を指すんだ」
「?」
いきなり結論を聞かされても、亜矢には訳が分からない。
「亜矢ちゃんの持つ『仮の心臓』、それにグリアが毎日欠かさず『命の力』を注ぎ込むと、365日後にその心臓は完全なものとして甦れるんだ」
亜矢はハっと、自分の胸に手を当てる。
そう、今、亜矢の中にあるのは、グリアから与えられた『仮の心臓』。
それは24時間に1回、つまり毎日グリアから命を注いでもらわなければ機能出来ない。
「それってつまり、このまま行けば1年後にあたしは完全に生き返れるって事?」
「うん。でも………」
ここで、リョウが言葉を詰まらせた。
何を躊躇しているのだろうか。
一年間もグリアから口移しをされなければ生きていけないのは気が遠くなる話だが、逆を言えば一年耐えれば、後は自由になれるのだ。
(あいつ、こんな事一度も教えてくれなかったわ)
色々思考を巡らす亜矢。だが、リョウは俯き気味で、何か辛そうだ。
「『命の力』を注ぎ続けられた仮の心臓は、365日後に完全な物となる。そして、その心臓を持つ人間の魂にも、膨大な力が宿る…」
どうも、リョウの話そうとしている事の筋が見えない。
「その、完成された魂を食べる事により、死神は永遠の命を手に入れられる。…これが、『魂の器』の儀式だよ」
「………っ!!」
物語りのように淡々としたリョウの話に聞き入っていた亜矢の呼吸が一瞬、止まる。
だが、リョウの話はまだ、終わりが見えない。
「ちょ、ちょっと…それって、どういう……………グリア、あの人って……」
亜矢の心を察したリョウは、少し声を大きくして言い聞かせる。
「最後まで聞いて、亜矢ちゃん!」
だが、亜矢の意識は半分、別の所にある。
(死神は、永遠の命を手に入れる為に、あたしを……?)
だとしたら、自分はその目的の為に生かされたのだろうか。
リョウは話を続ける。
「だけど、365日経った日にその魂を食べなければ、長期間力を消費し続けた反動が全て死神自身の体にふりかかり、死神は消滅してしまうんだ」
これが、禁忌の儀式に失敗した死神の末路だというのだろう。
1年後、この世に存在していられるのは
『完全なる魂を得て、生き返る事に成功した人間』
『完全なる魂を食し、永遠の命を手に入れた死神』
どちらかに一つしかない。
もう亜矢には、これ以上の話を頭で理解するのは不可能だった。
「だけど、ボクは」
急に、リョウの口調は力強くなった。
「もし、グリアが一年後に亜矢ちゃんの『生』を選んだとしても、ボクは彼を消滅させたりはしない。自分の全ての力にかえても、絶対に……!」
呆然とした亜矢の意識の中でも、今、理解出来た事があった。
リョウが人間界に来た理由。
それは、グリアを監視する目的でも、邪魔をするつもりでもない。
グリアを『救う為』なのだろう。
天使と死神の二人がどんな関係であって、どんな繋がりがあるのかは分からない。
少なくともリョウの方からは、危険な儀式を成し遂げようとするグリアを『近くで見守る』といったような、暖かい感情が感じられる。
やっと、亜矢がその口から小さく言葉を発した。
「じゃあ、もし、死神が自分の『生』を選んだら?」
魂を食われる事、それは人間にとって『死』を意味する。
「その時は、全力で亜矢ちゃんを救うよ。でも、そんな事にはならないと思うけどね」
リョウはそう言ってようやく、柔らかくいつものように笑った。
何の根拠もない事ではあるが、どこか信用できる気がする、不思議な彼の言葉の力。
ああ、やっぱり彼は天使なんだなあ…、と亜矢は思った。
『亜矢もグリアも死なせはしない』というのが、リョウの考えなのだろう。
そして、それはきっとグリアも同じ。
ここでリョウの話は終わった。
「話してくれてありがとう、スッキリしたわ」
と亜矢は言うが、どこか晴れない顔をしている。
そして、リョウもまた———。
(………ボクの本来の……までは話す事は出来ないけど、ここまでで……ごめんね)
これから先と亜矢の事を思い、リョウは心でそう囁くしかない。
リョウが帰り、亜矢は部屋に一人で座り込み、ベッドに顔を埋めていた。
今までのグリアの言動が、記憶の中で繰り返し再生される。
『オレ様が生かしてやるって言ってるんだ、悪いようにはしねえ』
———それは、本気であたしを生かしてくれようとして?
『オレ様の事を好きになればいいんだ』
———それは、あなたを信じろという意味なの?
考えれば考えるほど、死神の事が分からなくなってくる。
毎日、『口移し』という方法で嫌でも触れあっているというのに、肝心な所は分からない。
「眠るんだったら、ベッドの上で寝ろよなぁ?」
答えの出ない思考を巡らしていると、いきなり聞こえてきたその声。
亜矢はバっと伏せていた顔を上げ、勢いよく振り向いた。
そこには、いつの間にかグリアが立っていて、いつもの意地悪そうな笑顔で見下している。
「ちょっと、勝手に人の部屋に上がり込まないでってば。それって犯罪よ」
亜矢は声を低くして言うが、グリアを睨み付けるだけで、いつもの勢いがない。
「何なら添い寝してやろうか?クク……」
「結構よ。もう、すっかり元気そうなのね?」
「あんなモン、少し眠って飯を食えば治る」
人間の場合は、そうは簡単にいかない。さすがは死神、と変な感心をしてしまう。
「ねえ、死神?」
「ああ?」
亜矢らしくもなく、亜矢は視線を泳がせている。続きの言葉が、出ない。
「あんたは、あたしを………」
魂の器として、利用しているだけなのだろうか?
そこまでして、グリアは永遠の命を手に入れたいのだろうか。
でも、それだったら、その器が亜矢である意味は?
対象が誰でもいいのなら、もっと扱いやすい人間なんて他にもいるだろう。
そう、彼の事を良く思う女なんて、いくらでも——。
終わりの見えない別の方向へと、どんどん亜矢の思考は巡る。
「………リョウから何か聞いたのか」
亜矢の言葉が終わる前に、グリアが続きを塞いだ。
さすがに、死神は鋭い。
「オレ様は、欲しいモノは全て手に入れる。永遠の命も…」
亜矢はその、真直ぐに自分を見据えるグリアの瞳に眼を向ける。
「あんたも、だ」
1年後、この世に存在していられるのは死神か、少女か。
グリアか、亜矢か。
それを選ぶのは、グリア自身。
いや、グリアは自分の持つ鋭い死神の鎌をもって、それ以外の道を切り開くのかもしれない。
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