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エピローグ
「こんにちわムカエさん。仕事は順調かしら」
キリが気さくに声をかける。時期は夏。時刻は夕方。場所は中東のとある砂漠のど真ん中であるが、それにもかかわらず彼女は汗一つかいていない。普段の嫌味な言動が忘れられている辺り、暑さには多少のしんどさを感じてはいるのかもしれない。
だからムカエは仕事のときはあえて過酷な環境下で行うようにしていた。以前、猛吹雪の中で立っていたら流石に怒られたが。
「あ、キリちゃん上司。お疲れ様っす」
「その呼び方、やっぱりどうにかならない?」
「いいじゃないですか。愛嬌があって」
「上司に付けるあだ名じゃなければね」
ふん、と鼻を鳴らすキリ。
ムカエは涼しい顔で指を空に向けて振っている。空中に字を書くようにしているその動作で、魂の誘導を現在進行中だ。
「そういえばムカエさん、頼まれていた図書館の高次資料の閲覧許可が下りたわよ。よかったわね、私が優しくて」
「お、待ってました! サンキュっす、キリちゃん上司」
「図書館連中も不思議な顔をしていたわ。人類の出生の記録しか載っていない本なんてチャタテムシしか触らないだろうから仕方ないけど」
「じゃあ何で読むのに許可が必要なんですか?」
「誰も興味を持たないけど、大事なものだからよ。貴方が一番よくわかっているはずだけど」
「……納得っす」
キリは呆れたような、しかし満足も含んだ笑みを浮かべた。高温の砂漠で生じた蜃気楼のせいかもしれないが。
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