上司も見上げて

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 夜風が涼しく吹いた。セリフの最初から最後まで自信満々に言い切るムカエ。  そんな彼女をキリは冷めた目で見つめていた。 「高慢ね」 「そうでしょうか」 「ええ、高慢も高慢。たかが一人の天使にすぎない貴方が、まるで神様みたいなことを。それだけの力が自分にあると勘違いしているとは、可愛らしすぎて哀れにも思えてくるわ。そもそも貴方が覚えていたからって何だっていうの? 感謝してくれる人間がいるわけでもないし、貴方の自己満足を満たすものでしかないわ。やっぱり貴方は、頑固で頓痴気で唐変木ね」 「……」 『キリ。多くの面において同意したいところだが、初対面の相手に言い過ぎでは?』 「そうかしら。私はこの子の上司。それくらい口出しをする権利はあるはずよ」  見るからにムカエの機嫌が悪くなっていく。たまらずアンカーがフォローに入るが、キリには小石ほどの影響もないようだ。  拗ねて口を尖らせたムカエ。 「……私は、自分が組織仕事には向いていない性格だってのはわかってます。他人の上に立てる器でもありません――そうですね。キリちゃん上司の言う通り自己満足ですね。そんな私でも、誰かの役に立てるものを探した結果です」 「そう。――それならいいわ」  口の端を僅かに上げるキリ。これまでの、他者を見下す笑みではなかった。キリエの心の端に触れることができた、満足感なのかもしれない。 「とにかく、自分勝手でも奉仕活動でも何でも結構。貴方の意思を伴った理由があればそれで充分よ。どうぞ勝手に覚え続けなさい」 「……もちろん、続けるつもりです」  ムカエの言葉をかみしめるように目を閉じるキリ。 「じゃあ失礼するわ」  ガラスに付いた水滴をふき取るように、キリは一瞬で痕跡もなく消え去った。  ムカエとアンカーは彼女が去った場を見つめた。結局キリは挨拶ついでにからかいに来ただけだったのか。 『ところで、君が名前を覚えるのにそんな理由があったとはな』  アンカーが困惑した声で話しかけたが、ムカエはとっくに夜空を浮かぶ魂一つひとつを刻み付けるように凝視し、かつて持っていた名を読み上げていた。  彼女の隣では高性能AIが寂し気に赤い光を点滅させていた。
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