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「あぁ、うん。そうだよな。
六華ちゃんの口からそんなお願い、出る訳ないよな......。
でもなんでまたそんな事、俺に頼みに来たの?
もしかして、好きな男でも出来た?」
ニヤニヤと笑いながら聞くと、六華ちゃんは赤い顔のままコクリと頷いた。
その仕草はとても愛らしいけれど、残念ながら彼女が言うところの『大人っぽい素敵な女性』には程遠い。
「へぇ、そうなんだ?で、相手は?
もしかして、俺の知ってるヤツ?」
俺の質問に対し、彼女は少し恥ずかしそうな表情で答えた。
「慶君、です。
......同じ、サッカー部だった」
その言葉を聞き俺は、またしてもプッと吹き出した。
彼女同様バカ正直で、クソ真面目な俺の可愛い後輩、田所 慶。
......もしこのふたりがくっついたら、恐ろしいまでにお似合いの、爽やか純愛カップル誕生だな。
「酷いです、先輩。
......私が慶君の事を好きなのが、そんなに可笑しいですか?」
六華ちゃんは俺の事を軽く睨みつけ、半泣きで言った。
だから俺はまた、笑いながら答えた。
「ううん、全く。いいんじゃない?
お前ら、すっごいお似合いだと思うよ?」
それを聞いた彼女は一瞬とても驚いた様に瞳を見開いたのだけれど、すぐに嬉しそうに笑った。
コイツ、こんな風に笑うんだ。
......ちょっと、可愛いかも。
その表情は、笑うと元々垂れ気味の彼女の目尻が更に下がる為、昔アニメで見た、喋る子ダヌキを思わせた。
「でもなんでまた、オトナの女なんてもんになりたがってるワケ?
それって、慶の好みなの?」
慶のビジュアルは俺とは違い、THE 真面目。
黒髪と少し日に焼けた肌が爽やかな印象の、好青年だ。
......どう考えても今のままの六華ちゃんの方が、アイツとはお似合いな気がするが。
少し疑問に思い、確認の意味を込めて聞いた。
すると六華ちゃんは、また困った様に小さく笑った。
「いえ、そういう事じゃないんですけど。
ただ今のままの私だったら、いつまで経っても友達としてしか見て貰えなさそうで......」
うつむき、消え入りそうな声でそう言った彼女の表情は、とても寂しそうで。
......だから俺は、つい言ってしまった。
「いいよ、六華ちゃん。
俺が六華ちゃんを、オトナの女にしてあげる!」
それを聞いた彼女はとても嬉しそうに、またしてもふにゃりと笑った。
そしてその瞬間、俺の心音がドクンと跳ねた。
......うわぁ、俺、ホント見境ねぇな。
いくら彼女達に振られたからって、六華ちゃんは無いだろ。
自分のあまりの節操なさに、苦笑した。
六華ちゃんはそんな俺の心中には気付く事なく、まだ嬉しそうにテレテレと笑っている。
なんだかおかしな事になってしまった気がしないではないけれど、まぁ仕方ない。
それにこのお子様全開な六華ちゃんをオトナの女に変身させるっていうのも、暇潰しとしては意外と面白いかもしれない。
よく見ればコイツ、意外と整った顔立ちしてるし。
この時の俺は、呑気にそんな風に思っていたんだ。
まさかこの彼女からのお願いが自分にとっての、本当の意味での初恋の始まりになるだなんて、考えもしないで。
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