その歪な恋情は、血の匂いを纏ってあえかに微笑む

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 嫌がる茉莉(まり)の頭をグッと引き寄せると、合意なく開かせた唇から口内へと舌を滑らせてゆく。徐々に荒くなる呼吸と共に、どちらのともわからない唾液が口端を伝って流れ出る。  欲望の赴くままに口内を蹂躙(じゅうりん)し尽くすと、これが終わりの合図だといわんばかりに薄く柔らかな茉莉の唇を噛んだ。 「……ぃ、……っ」  唇から薄っすらと滲み出た血を舐めとると、少しだけ距離をあけた体勢で涙目の茉莉を見下ろす。荒い呼吸を繰り返す茉莉の顎を掴んで上へと向けさせると、俺は赤く蒸気した茉莉の頬を撫ぜて満足気に微笑んだ。 「……っ。なん、で……」 「別に。ただしてみたかったから」 「最っ……、底」  血の滲む唇を拭いながら俺を睨みつけると、戸惑いに小さく揺れ動く茉莉の瞳から、涙がポタリと一雫、赤く色づく頬を伝って下へと落ちた。 「最低だよ! (れん)……っ、彼女いるでしょ!?」  これ以上涙は溢すまいと我慢しているのか、必死に何かを堪えているかのような表情をさせている茉莉。 「だったら何?」  そんな投げやりな言葉とともに責めるような瞳で射抜けば、そんな俺に萎縮したのか茉莉は押し黙った。  確かに俺には彼女がいる。しかも、その彼女ができたのはつい六日前のこと。けれど、そんな“お飾り”の彼女のことなんて今はどうだっていい。 「中三にもなってのこのこと男の部屋に来るお前が悪いんだよ、茉莉」 (──そう。これは全部お前のせいだ)  唾液で濡れそぼったままの口端を親指で拭うと、それを見せつけるようにして舌で舐めとり堪能する。すると、黒みの増した瞳を大きく開かせた茉莉は、その瞳で俺の仕草を追いながらコクリと小さく喉を鳴らした。  俺達は所謂(いわゆる)幼なじみというやつで、物心がついた頃から俺の隣には茉莉がいるのが当たり前で、それは茉莉にとっても同じだと思っていた。  親や友達に言えないことでも、俺にだけは何でも話してくれる。それだけ茉莉にとって俺の存在は特別なもので、俺以上の者など存在しうるはずはないのだと。それは何の疑いの余地もなく、長年の月日の中で(つちか)われてきた自信でもあった。  それが全て俺の勘違いだったと知ったのは、つい一週間前のことだった。 『私ね、彼氏ができたの』  ほんのりと赤く頬を染め、それは嬉しそうにそう告げた茉莉。俺はその瞬間まで茉莉に好きな男がいたことさえ知らなかった。  どんなに些細なことでも、包み隠さずに何でも相談してくれていた茉莉。 (なんで好きな男がいるってこと、俺に隠してた……?)  そう思う以上に、他の誰かを好きになった茉莉のことが無性に許せなかった。  俺は激しい怒りと絶望に(さいな)まれながらも、それを悟られないよう優しく微笑み『おめでとう』と一言、幸せそうに微笑む茉莉に向けて祝福の言葉を贈った。  ──その翌日。  俺は保留にしていた告白の返事に快諾の意思を伝えると、好きでもなんでもないただのお飾りの彼女を作った。    茉莉への当て付けのため。これで俺の存在の大切さに気付いてくれれば──そんな淡い期待もあった。  けれど、彼女が出来たと報告した俺に向かって茉莉が告げたのは、『おめでとう』という祝福の言葉だった。  満面の笑顔を浮かべながら、それは嬉しそうに俺の報告を喜んだ茉莉。  その姿は哀しい程にとても美しく、なんの躊躇(ためら)いもなく簡単に俺の心を(えぐ)り取る、とても残酷な悪魔のようだった。
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