君からの手紙~3カ月後のロエルとリュカ

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   同じ頃、ズアでは。  ロエルは、とぼとぼと通りを歩いていた。  長兄に頼まれた遣いの帰り道だ。 「縁談、かあ」  ズアの成人は16歳だ。ロエルは15。  結婚の話が来てもおかしくはない。  アスウェルの王太子が3カ月前に親善訪問でズアにやってきた。  国中から王太子の為に年頃の男子たちが集められ、100人の男子が後宮入りとなった。  王太子の帰国後には家に帰されたが、嫁取りと婿入りの話が山と来ている──。  ──(ちまた)の噂話だが、自分にも来ているとは知らなかった。 「直接、求婚されたわけでもないしなあ」 「あ、あんた!蒼月の末子だろう!!」  突然、見知らぬ男から声をかけられる。  茶色の髪に崩した着物。ニヤニヤして、なんだか軽そうな男だ。 「へー、噂には聞いてたけど、特に⋯⋯」  じろじろと無遠慮に上から下まで眺めて男は言った。 「後宮入りしたって評判じゃねえか。なあ、暇なら一緒に⋯」 「⋯⋯仕事の途中なんです」  トラブルは嫌いだから、やんわりと断るつもりだった。 「まあまあ、いいじゃねえか」  強引に手を取られる。 「え、ええっ⋯⋯」  ふと、サラに言われた言葉が頭に浮かんだ。 『誰にでも笑顔振りまいて嘘くさい』  自分なりに頑張ってきたことの一つだった。  毎日いいことばかりじゃないから、せめて笑顔でいたい。自分にも、他の人にも。  そう思ってきたのに。  ──笑顔でいるから、つけ込まれるのか。  サラの言葉は思ったよりも、ロエルの心に深く突き刺さっていた。  通りの数軒先から女性たちのはしゃいだ声が聞こえてきた。  長身の銀髪の男を囲んで、店から出てくる人々が見えた。  男の右手にも左手にも着飾った可愛らしい女の子が抱きついている。 「リアン⋯⋯」  銀の髪に緑水晶の瞳。  蒼月に出入りする芸事の師匠。幼馴染の彼の姿を見間違えることはない。  ロエルは、掴まれていた手を力いっぱい振り払って、来た道を引き返した。  後ろから声が聞こえたが、無視だ。  思わず駆け足になるのがわかる。  どんどん走っていくと、いつかリアンに連れてきてもらった土手に出た。  季節は移り、あの日見事だった花々の姿はなくなって、青々とした草ばかりになっている。  きらめく川の流れだけが変わらなかった。  草の上に座って、膝を抱えた。  風が吹いて、草の香りが鼻先を掠めてゆく。  今見た光景がよみがえる。心臓がぎゅっと掴まれるようで、目の奥も熱くなる。  この気持ちの正体を知っていても、考えたくはなかった。  顔を膝の上に乗せて、丸めた体を強く抱きしめる。 「あんた、こんなとこで何してんのさ」  夕暮れの瞳の男が隣に立っていた。  ──いつの間にそばに来たんだろう。気配なんか感じなかったと思うのに。  明るい金の髪が陽に輝いている。リュカとよく似た背格好の男。 「なにも」  ちらりと見て、すぐにまた膝の上に顔を乗せた。 「はあ?何、その態度」  サラが不機嫌そうな声を出す。 「サラに態度をどうこう言われる覚えはないよ」  いつもの自分だったら絶対に言わない言葉が口に出る。 「ぼくはいつも、君よりはずっとましな態度のはずだ」  サラは拍子抜けしたようだった。  どすっと音がして、ロエルの隣に座り込む。 「ほんと、どうしたわけ?そんな姿、初めて見たわ」 「放っておいて」  自分でも驚くぐらい冷たい声だった。
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