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吐き捨てるように言うと、さっさと店の中に入ってしまう。
ロエルは呆然として、しばらくその場に立ち尽くした。
「ロエル、どうした?元気がねえなあ」
「⋯⋯別に。なんでもないよ」
「そんなしけた面じゃあ、せっかくの飯がまずくなるだろう」
外回りから帰った次兄のハヌルが、さばさばとした調子で話しかけてくる。
蒼月の次男は明るく社交的で、よく気のつく男だった。
早めの夕食を渡しながら、ロエルはごめんと謝った。
「ちょっと気になることがあって⋯⋯」
考え込むように口元に手を当てた後、ハヌルが言う。
「サラか?」
「兄さん!?」
「あいつへの文句が幾つか上がってきてるんだよ」
ロエルは興味が湧いて兄の話を聞いていたが、それらは、どれもささやかなものだった。
店のルールを覚えていない、口の利き方が悪い、と言ったような。
誰かと大きなトラブルを起こすようなものではなかった。
「まあ、まだうちに来て日も浅い。馴染むうちには、問題もなくなるだろうよ」
ハヌルが明るく言っても、ロエルの心は晴れなかった。
──大嫌いなんて言われたのはおれだけ⋯⋯。
夜遅くに長兄のカザルに呼ばれて、兄の部屋に来た。
机の上には、書面がいくつも束になって重ねられている。
カザルが長い煙管からふぅと煙を吐き出して、一服する。
「ロエル、これは全部、お前宛ての釣書だ」
「つりがき!?」
釣書とは、縁談の相手からの身上書である。
「お前が後宮から帰ってきてからずっと、この調子だ。あちこちから縁談が申し込まれている。もちろん断ったものも幾つもあるが。一応、お前の気持ちを聞いた方がいいかと呼んだわけだ。ロエル、お前はどうしたい?」
──俺は、どうしたい?
ロエルの頭の中は真っ白だった。
************
「あーあーあーもう!!うるさすぎる!!!」
リュカは絶叫していた。
ここはアスウェル。ズアの隣国。
明るい金の髪に蒼玉の瞳。白磁の肌に桜色の唇。
ズアの白薔薇と讃えられた少年は、王宮に迎えられてからというもの、来る日も来る日も熱烈な歓迎を受けていた。
手を握られるのは当たり前、気がつけばすぐ隣に人がいる。
肩を抱かれる、頬にキスをされる、それ以上のことをされそうになって、撃退するのに莫大な労力を使っていた。
「だから、ぼくが言ったじゃないか」
ふふん、と豪奢な椅子に座った王太子セランが鼻で笑う。
得意げな様子が癪にさわって仕方がない。
「ズアとアスウェルじゃ人と人との距離が違うんだよ」
リュカ用に用意された王宮内の居室は、白と青で統一され、品よくまとめられていた。
調度品の一つ一つに美しい彫刻が施され、王族の客を迎えるにふさわしい設えとなっている。
「アスウェルは情熱の国、恋の国。同性婚だって認められている。きみがアスウェルに来ると言った時、正直大丈夫かと心配はしていたんだ。うちの国はズアよりも断然、恋愛観が自由だからね」
「こんなに自由だなんて知らなかった!アスウェルが恋の国だとはいえ、男も女も!!気が休まる暇もない」
「んー、まあ、その美貌なら傾国にもなれそうだけどなあ。中身を知らなければだけどねえ」
きっと睨みつけられ、反射的に目を反らす。
王太子もリュカとの付きあいに慣れてきた。
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