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「ところで、リュカ。きみの所属している騎士団から、ぼく宛てに陳情が上がっている」
「は?」
「騎士見習いなら、騎士団の寮に入るのが当然。不公平は団の規律を乱す、と」
王太子はリュカの目の前に第一騎士団の紋章入りの書面を見せた。
リュカは目を見開いた。
第一騎士団長、ユイエ・ラスワーズの署名。
冗談ではない。今だって奴からろくな目に合っていないのに。
見習いになったと言っても、まずは雑用係だ。休憩時間すら筋肉男たちから逃げ回っている。
「彼らの言い分はわかる」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯本音も、わかる」
沈痛なリュカの表情を見て、王太子がふっと表情をやわらげた。
「リュカ、やっぱり、ぼくの後宮に⋯⋯「ふっざけんじゃねえええええ!!!!!」」
王宮に不似合いな言葉が響き渡った。
翌日。
休みだというのに、リュカは朝から真っ赤な薔薇の花を抱えた男に待ち伏せをされていた。
「いい加減にしろ、ラスワーズ!!」
「私の名を平気で呼び捨てにするのは君ぐらいだよ」
──何でそんなに嬉しそうなんだ、やめてくれ!!
ただ、王宮の庭を散策しようとしただけなのに。
この3ヶ月で鍛えた脚力を生かし、全力で逃げる。
王宮の庭園の奥まで入るには許可がいるから、どこかで諦めてくれと願いながら。
「リュカ殿?」
穏やかな声が聞こえたのは、その時だ。
夢中になって走ったので、見知った庭とは違った場所に出た。
目の前に立っていたのは、長い黒髪に瑠璃色の瞳をした麗人だった。
儚げな微笑みを浮かべる姿に見惚れる。
「追われているのですか?」
「え、ええ。あなたは?」
「第2王子のヴァルダと申します。どうぞこちらへ」
王子は、庭から続く自分の居室にリュカを招き入れた。
「どうして私のことを?」
ソファへと促しながら、ヴァルダがくすりと笑う。
「この3ヶ月、貴方の御名前を聞かぬ日はございません。セラン王太子が連れ帰ったズアの白薔薇。後宮にいれず、貴方の望みのままに王宮に部屋を作らせる。騎士団に入りたいとのお戯れには、王宮仕えの第一騎士団へと入団させる。なんとご寵愛の深いことよ、と噂されております」
──今まで無事だったのは、王太子のものだと思われていたからだ。薄々気づいてはいたのだが。
いや、でも、王太子のものなら、このアプローチはどういうことだ???
「兄上が貴方を妃だと仰らなかったからですよ」
リュカの動揺を見てとって、ヴァルダは続けた。
「王太子は後宮を持っていますが、貴方に関しては、本人が望むからアスウェルに連れてきただけ。恋愛は自由だと仰ったのです」
──事実だ。少しも間違ってはいない。
「おかげで、王太子は片恋の最中。チャンスはまだあると思う者たちが絶えないというわけです」
「え!えっ?王太子を応援しようとは⋯⋯」
「そう思う者もいるでしょう。しかし、恋愛は自由!!そして、早い者勝ちですからね」
きっぱり言いきる王子は、やはりアスウェルの人間だった。
──俺はこの国でやっていけるのか⋯⋯。
リュカは体から、がくりと力が抜けるのを感じた。
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