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前略
ロエル、お元気ですか?
俺は元気です。
アスウェルに来てから3ヶ月が経ちました。
来た時と変わらず、王宮で世話になっています。
ズアと違って、こちらは山がすぐ近くにあります。
空気が乾いていて、食べ物は肉が多いです。
魚は海から遠いせいか、あまり見かけません。
ロエルの手料理が食べたいです。
近々、騎士団に見習いとして入れてもらえることになりました。
王太子殿下のおかげです。
また手紙を書きます。体に気をつけて。
草々
追伸
殿下は例の黒装束の奴等を捕まえた後、王宮の人事を変えたりと色々忙しいようです。
◆◆◇◆◇◆◆
「リュカ⋯」
ロエルは手紙を読み返して、ため息をついた。
中庭の掃き掃除を終えて一休みしようと思った時、胸元に入れたままの手紙に気がついた。
文箱に戻さなければと思いつつ、もう一度読み返してしまう。
白い飾り気のない便箋に短く書かれた手紙は、もう何回も読み返して端が擦りきれそうになっていた。
隣国に旅立っていった友人から手紙が来たのは初めてだ。
ロエルはアスウェルの王宮にいるリュカ宛てに、1週間に1回は手紙を書いた。
返事が来なくても構わない。
いつも二人で話していたように、日々の様子をただ伝えたかった。
大陸の最南端。海に面した貿易国ズア。
王都の中心より少し離れた場所にある花街。
待合茶屋・料理屋・置屋が立ち並ぶ一角に『蒼月』がある。
蒼月は置屋だ。親元から離された子どもたちに衣食住を与え、一人前の芸妓に育てあげる。
芸妓や仕込と呼ばれる半人前の子どもたちの生活の場なのだ。
ロエルは『蒼月』の末子だった。
「なに、見てんの?」
「えっ?」
「それ、しょっちゅう見てる」
突然声がかかって、ロエルは驚いて振り返った。
目の前に立っていたのは、しなやかな肢体をもった少年だった。
ロエルより頭半分ほど背が高く、滑らかな褐色の肌にすらりと伸びた手足。
アーモンド形の大きな瞳は少し目尻がつっていて、どこか猫を思わせた。
「サラ」
ロエルは少し動揺していた。
──手紙を読んでいたのを見られたのも恥ずかしいし、しょっちゅうなんて⋯⋯。
蒼月に最近やって来た仕込のサラは、明るい金髪と背格好がリュカに似ている。
「友達からの⋯⋯手紙なんだ」
「ふーん、友達って?」
「3か月前に、アスウェルに行った⋯⋯」
「ああ、リュカってやつだろう?」
サラが顔を顰めて、つっけんどんに言う。
「みんなが俺を見て、そいつの名前を言う。もっとも、肌と瞳を見れば、すぐに違うとわかるけどな」
リュカは蒼空の瞳だが、サラの瞳は夕暮れを映したような深い紫だ。
「少し、サラはリュカと似てるから」
「全くいい迷惑だよなあ!!せっかく実入りのよさそうなズアに来たってのに、似たような奴の名前で呼ばれるなんて!」
ロエルは、その言葉にムッとした。
後から来たのはサラの方だ。
「サラ、そんな言い方しなくたって」
サラは美しい瞳を細めてロエルに言った。
「俺⋯⋯、あんたのことも大嫌い。みんな、あんたのことになると甘くってさぁ。誰にでも笑顔振りまいて嘘くさい」
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