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Second day
01.海岸沿いの散歩
二日目の朝。八時にレストランで朝食を食べると(ディナーのように選択制ではない)、町の散策をする支度をしてロビーに向かった。昨日と同じく朝から宿泊客で賑わうロビーを見回して、大理石の噴水の傍で女神の像に見守られながら、ジャックがベルボーイのナイルと談笑しているのを発見した。無邪気に笑っている少年に、俺は子供の癒し効果というもので無意識に口元を綻ばせていた。
「おはよう、ジャック」
二人の下に歩み寄り、声をかけるとジャックは顔をこちらに向けて軽く片手を挙げた。「おはよう!」
ナイルは俺たちを一瞥すると、歳の離れた友人に別れの挨拶をして仕事へと戻って行った。彼らを見ているとまるで似ていない兄弟のように思えた。
ジャックが話していた通りなら、ナイルは随分と彼を気にかけているようだが、何か理由があるのだろうか。
「今日は海岸沿いを散歩しながら写真を撮りたいの」
挨拶を返したソフィアが、首から下げている一眼レフを両手で胸元辺りに掲げた。ジャックは首を縦に振ると「案内するよ」と微笑んだ。
昨日のジャックの出会いを考えても彼は普段から一人で外出しているのかもしれないが、車椅子の子供が一人で出かけることに関して母親はどう思っているのだろうかと思案したところで、昨晩のジュリア・アンダーソンの舞台を思い出した。そのことについて俺が触れようとすると、ウヅキが海辺の歌姫の話題を口にした。
「ディナーでジャックの母さんの歌を聞いたぜ。マライア・キャリーも顔負けな歌声だな」
あまりにもオーバーな褒め言葉に聞く人によってはバカにされていると勘違いしそうなものだが、ジャックは目を瞬かせると、ぷっと吹き出して笑顔を見せた。「ありがとう。僕もママの歌声が大好きなんだよ」と母親に対する愛と尊敬の念を交えた声色で少年は応えたが、その後僅かに寂しさを感じさせる面持ちを浮かべたのを俺は見逃さなかった。だが、そのことについて言及はしなかった。
「さあ、行こう」
ハンドリムを握って車椅子をエレベーターの方向へ転換させた少年に続き、俺たちも目一杯美しい海の景色を楽しもうとロビーを後にした。
ホテルの外に出たところで昨日と同じように俺がジャックの車椅子を押すことにして、車道を渡ると(近くに横断歩道はない)海側の道へと移動した。
本日も快晴なり。雲はいくつか見えるが、熱い真夏の日差しが俺たちをじりじりと照り付けて焼き尽くそうとしていた。真っ青に澄んだ空と太陽の光によって輝く海は青しか知らない世界のようだ。
「どっちに向かって歩く?」
「昨日と反対方向に行きましょう」
海を正面にして左方向に体を向けたソフィアに賛成して、四人は海沿いの散歩を開始した。昨日と変わらず人通りも車通りも少なく、照り付ける太陽以外は実に快適な道のりだ。海のさざめく音が何よりも心を癒した。生粋のニューヨーカーだった俺は都会の喧騒が子守唄で、毎晩ニルヴァーナの曲が家の外から聴こえていた。
「夏休みを一緒に過ごす友達はいないのか?」
穏やかな時間を過ごしていたはずなのに、突然口にされた不躾なウヅキの質問にその場の空気は一転した。俺は目角を立てて、ソフィアは会話に交ざりたくないと海へカメラを構えた。態とらしい二人の態度とは正反対に、ジャックは別段気にする素振りも見せずに肯定を返した。
「学校に友達は居るんだけどね。やっぱり車椅子の僕と遊びに行くのは色々面倒だし、誘ってもらえないんだ。仕方ないことだから別にいいんだよ」
ジャックは年相応の表情や仕草、発言をすることがほとんどだ。子供というのは人間の汚い部分とか闇的な部分を知らずに真っ白で無垢に生きている。世界の全ては自分に味方しているのだと勘違いをしている。誰もが自分を守ってくれるのだと思い込んでいる。その考え方が間違っていて、どれだけ浅はかだったか気づくのは人によって違うが、真っ当に育てば十五、十六歳だろう。ましてや十歳にも満たない子供が世界の不条理なんて知るはずがないし、無邪気に笑って、時に悲しいことで泣いて(不条理が理解出来ないからこそ子供はよく泣く)、普通ならばそうなのだ。でもジャックは違った。子供と大人の二面性を持っていた。時折見せる大人らしい顔つきや発言は、生意気なガキとは周りに言わせない雰囲気があった。彼がなりたくてそうなったわけではないのは俺にだって分かる。交通事故に遭ったせいで、幼い子供が本来なら知るはずのない現実の厳しさを叩きつけられてしまった。神様の気まぐれが、目の前の少年を大人の世界に引きずり込もうとしていた。俺はそれがやるせなかった。この子が子供時代を終えるのはあまりにも早すぎるのだ。邪気のない笑顔を見ていれば、この子の心の七割はまだ幼さを持っていると予想できた。
「テッドがね、前の学校の親友なんだけど。夏休みにこっちに遊びに来る予定だったんだ。でもボーイスカウトになっちゃって、二週間もいないらしいんだ。二週間だよ?長いよね。だからこっちには遊びに来れなくなったんだ。勝手に決めたお母さんに電話で怒ってたよ」
ジャックは親友との電話でのやり取りを思い出したように頬を緩めた。
前の学校に親友が居たのなら、こっちに引っ越してくるのは辛いものがあっただろう。俺もソフィアやウヅキが遠くに引っ越すことになったりしたら(その逆も然り)、この歳でも寂しさで涙を流してしまうのは間違いない。俺は恋人との別れだけで、大切な人が傍から居なくなるのがどれだけ辛いのか理解出来た。これ以上同じ苦しみを味わいたくはないのだ。
「そりゃあ怒るのも当然だな。久しぶりの親友との再会をなくされちまうんだからさ。それでお前も夏休みはフリーになったんだもんな」
「僕は別に怒ってはないよ。悲しいけどね」
憤怒よりも悲しみの方が増さる出来事というのは生きている中で少なくない。悲しみはあまりにも突然やって来るからより厄介だ。
しかし、自然と歳を重ねるにつれて悲しみよりも怒りが先行することが多くなった気がする。悲哀を怒りと履き違えてしまうのは、その方が気持ちが楽だからだ。塞ぎ込んでしまうより、暴れて吐き散らした方が気分が晴れる。そのせいで後悔も幾度となくあるのだが。
「冬休みにはきっと会いに来てくれるわ」
「ううん、冬休みは僕が会いに行く約束をしたよ。ママは向こうに行くことをあまり気乗りしないみたいだけどね」
「お父さんは?」
ソフィアの問いかけにジャックの顔がさっと曇った。誰もが、触れてはいい話題ではないと察した。事故のことをすらすらと話してしまうほど肝の据わった彼が言いよどむのだから、相当ショックなことがあったのかもしれない。
「離婚したんだ。去年にね」
話さなくていいと言おうとしたが間に合わず、ジャックは抑揚のない淡々とした声色でソフィアに教えた。その姿は子供らしさでも大人らしさでもない。ただ痛ましい。
それ以上は語るつもりはないという少年の強い意思が窺えて、ソフィアは「そうだったのね」とかすれ声で囁いた。誰がこの状況で、もっと気の利いた一言をかけられたと言うのか。アスファルトを滑る車椅子に乗った少年の横顔を目にしただけで、心臓が握り潰されんばかりだった。
「ソフィア、あそこ船着き場みたいだぜ。写真撮ったらどうだ?」
ウヅキが歩みを休めることなく斜め右を指さすと、いくつかの小さな船が停まっているこじんまりとした船着き場があった。人は誰もいないようで係船柱に船から伸びた紐が括りつけられている。
寂寞とした雰囲気が消え去ったジャックが、きょろきょろと周囲を見回して「クライドはいないみたい」と独り言を零した。その男はいったい誰だろうかと興味を引かれた俺は、クライドって?と聞き返した。
「ここで船を出してるおじさんだよ。頼めば観光客の人も乗せてもらえるんだけど、別に公にしてるわけじゃないから乗った人はほとんどいないんじゃないかな」
「ジャックは乗ったことがあるのか?」
「何度かね。陸からは見れないすごく綺麗な景色が見れるんだよ!」
船着場前で足を休めた俺たちを他所に、船に近づいたソフィアは様々な角度から写真を撮っていた。彼女の横顔は真剣そのものであり、カメラや写真への情熱をひしひしと感じた。いつも一眼レフ(ジュニアハイスクールまではデジタルカメラ)を持ち歩き、特別なことが起こらずともシャッターを切っていた。写真を撮ることは彼女にとって呼吸をするのと同じこと。かつては夢追い人としての同志だったが、俺は執筆作業にそこまでの情熱を捧げていただろうか?
「俺たちも見てみたいな」
「ジェームズたちが帰るまでに乗せてもらえるよう話をしておくよ」
「ほんとに俺たち、お前と出会えて幸運だぜ!」
大きな所作でひれ伏すように頭を下げながら感謝を表したウヅキに続き俺もお礼を述べると、ジャックは母親譲りの美しい赤髪を靡かせて「見てほしい景色だから」と小さく笑った。
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