Third day

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09.ロストハイウェイ 『やっと分かったんだ、僕の道が  昨日にはもう別れを告げた  アクセルを踏みしめる  ブレーキなんてない  ここはロストハイウェイ』 『そうさ、僕は自由になって解き放つ  この道を飛び出して  独立記念日だ!  ここはロストハイウェイ』 海沿いの夜道をホテルに向かって親友と肩を並べ歩くなか、ウヅキはボンジョビの『ロストハイウェイ』を口ずさんでいた。 独立記念日。今までの俺たちに別れを告げて、それぞれが己の道を歩き出す。ソフィアは長年抱えていた想いを打ち明けて、失恋を乗り越えた。ウヅキはニューヨークを立ち、親友の下を離れて日本へ帰る。じゃあ俺は?作家になることを諦めた俺は、これからどんな道を歩いて行くんだろうか。未来は見えない。親友二人が一歩踏み出したというのに、俺はまだ進めずにいた。 俺の独立記念日はいつなんだ? 「ロビーに寄って行こうぜ。ジャックがいるかもしれない」 ホテルに帰ってくると、ウヅキがエレベーターには向かわず階段へと足を伸ばした。時刻はもう二十四時を過ぎている。ロビーに顔を出したが、ジャックどころか宿泊客は一人もいなかった。従業員も夜勤であろうフロントマンが一人立っているだけで、他には誰も見当たらない。 「あれま」と肩を落とした彼の背中をポンポンと叩き「明日、またロビーに来てみよう」と提案した。この場所で俺たちを待っているジャックが居るかもしれない。それより今はソフィアが心配だった。きっと、なかなか帰ってこない親友二人が気がかりで眠れないでいるだろう。 俺たちはロビーを後にして、エレベーターを七階に向かわせた。 「ウヅキが出ていったあとこっぴどく叱られたんだ。これ以上文句を言われたくはないな」 「多分次の矛先は俺に向いちまうよ」 エレベーターの稼働音が響く箱の中、俺はため息交じりに眉を下げた。 ウヅキが部屋を出て行ったあと、散々ソフィアに責められ、激怒され、叱られたのが堪えたので、もう何も文句を言わないで温かく出迎えてほしいのだが、こんな時間まで待たせていたのだから、雷が落ちることは免れない。可哀想なことにウヅキまで巻き込まれるのは本望ではなかったが、ここは二人で仲良く説教を受けようじゃないかと開かれたエレベーターから外に出て、静まり返っている廊下を部屋に向かって歩いた。部屋の前までやって来ると、俺たちは互いに顔を突き合わせ、意を決したようにカードをセキュリティロックに翳した。 大抵問題を起こすのは俺とウヅキで、それに巻き込まれるのがソフィアだ。そうした時の彼女は、全てが終わったあとにまるで母親のよう俺たちを叱りつけるのだが、本当の母親よりも威厳があり恐ろしかった。何歳になっても俺たちはソフィアの尻に敷かれているのだ。 扉を開けて部屋の中に足を踏み込むと、二人で並んだ状態のまま部屋の奥へと進んだ。ソファに腰かけていたソフィアは、俺たちの姿を瞳に映すとすぐさま立ち上がり、駆け寄ってきた。第一声はいったいどんな文句か悪態だろうかと身構えていると、彼女は歩速を緩めずウヅキに抱きついた。 「帰って来てくれてよかったわ!」 体を強張らせて驚愕しているウヅキを横目に、俺はほっと胸を撫で下ろした。彼女を人差し指で指して、両手を上げた彼は、どうなってんだ?と無言で問いかけているようだった。 「心配したのよ、本当に」 ソフィアが体を離すと同時に、上げていた両手を下ろして「ごめん」とウヅキは軽い調子で謝った。数時間前にバルコニーを包んでいた険悪なムードは夢かと思われるほどだった。 「でも言っただろ?俺は忠犬バルトだぜ。何があってもご主人様のところに戻ってくるのさ、バウ!」 犬の鳴き真似をしたウヅキに、目元に浮かんだ涙を拭って「馬鹿よね」とソフィアは悪態を吐いた。いつもよりずっと棘がない口調だった。 今までずっと三人一緒だったのだから、ソフィアも俺と同じぐらい寂しくて辛い気持ちを抱えているはずだ。それでも彼が決めたことを応援したいと思っている。だから何も文句を言おうとはしないのだろう。俺よりずっと大人だった。 「そう言えば、一時間ぐらい前にフロントから電話があったのよ」 「フロントから?」 すっかりいつもの俺たちに戻った調子で、服を着替えようとキャリーバッグの方に歩きながら、彼女の報告に首を傾げた。 「ジャックからの伝言だったのよ」と付け加えた彼女に、ますます何事か想像がつかず、俺とウヅキは傾聴態勢を取った。だが、明日の予定ではないだろうかと、内心は少し期待していた。 「明日の朝五時過ぎに、ロビーに来てほしいって」 「五時過ぎ?また随分早い時間だな」 「年寄りには堪えるぜ、睡眠時間が短いのはさ」 たかだか二十一歳で何を言ってるんだと思いながらも、わざわざウヅキのおふざけには触れようとせず、彼の台詞はスルーして思案した。どうしてそんなに朝早い時間に呼び出したのか。 悩んでいる俺に「別にいいじゃない」とソフィアは自分のベッドに寝転がった。もう寝る気満々の姿を見ていると、俺も自然とあくびが洩れた。 「あの子に会えるんだったらなんでも」 「ああ、そうだな。ちゃんと別れが出来るなら構わないか」 キャリーバッグの前で動きを停止していた俺とは違って、素早くシャツとハーフパンツに着替えを済ませたウヅキは「仰る通りで~」と気の抜けた返事をすると、歯磨きをしにシャワールームへ入っていった。 俺はふと、少年との約束を思い出した。 『ジェームズたちが帰るまでに乗せてもらえるよう話をしておくよ』 まさか明日の朝、船に乗せてくれるのだろうか?海上からの、決して陸からは見られない景色を見せてくれるのだろうか? ソフィアはあの時写真を撮っていたし、この様子ではウヅキも覚えていないのだろう。俺だけが少年の約束を覚えていた。ひっそりと胸には明日への期待と溢れんばかりの楽しみが押し寄せてきた。 「明日が楽しみだ」 俺の囁きに返ってきたのは、ソフィアの規則正しい寝息と、ウヅキの歯を磨く音だけだった。
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