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第16話 探しもの
他愛のないやり取りをしていると、一人の女性がそわそわした様子で乗車してきた。何やらふわふわとしており、半透明だ。見れば、服が血で汚れていた。明らかに、死んだ人だった。
千歳はぎょっとして、死神を見つめると、彼はほんの少しだけ驚いた顔をしていた。その千歳と死神に気がついた女性が、落ち着かない様子で話しかけてきた。
「ちょっと、お尋ねしたいんですけれども」
「どうしました?」
死神が事務的に返答する。千歳は黙ってその血まみれ女性を見ていた。
「うちのゴンタ見ませんでしたか?」
「ゴンタ、ですか?」
「はい。これくらいの大きさの雑種の黒い犬なんですけど」
女性があたふたしながら電車の中を見渡しつつ、身振り手振りで伝えてくる。
「少々、おかけになってお待ちいただけますか?」
死神は千歳の隣に座り直し、その女性を自分が座っていた方の席へと座るように促した。
「ゴンタ、どこ行っちゃったのかしら……?」
「調べますから、待っていてください」
死神はまたもやどこからか書類を取り出すと、空中でペラペラとめくる。そわそわが収まらない女性を見ていられなくて、千歳はため息をついた。
「おばさん、落ち着きなって。彼が調べてくれてるから、きっと見つかるよ」
「あ、ごめんなさいね。すごく大切な家族なんです。気がついたら居なくなってしまっていて」
「そうだったんだ。逃げちゃったの?」
それに女性は首を横に振る。
「逃げるような子ではないんですよ。だけど、私が気がついたら居なくなっていて」
「気がついたら? おばさん、もしかして死んですぐの人?」
それに、彼女は驚いた顔をした。
「え? 私、死んでしまったの?」
「――そのようです。交通事故ですね」
横から死神が資料を見ながら、口を挟んだ。死んでしまったことに驚くかと思いきや、ゴンタは大丈夫かしら、などと呟いていた。千歳は、よっぽど大切にしていたんだと思い、実家にいた時に飼っていた尻尾を千切れんばかりに振っていた大切な家族が自分にもいたことを思い出した。
「あたしもさ、実家にいたんだよね、犬。だけど、病気で死んじゃって、あたしその時、仕事が猛烈に忙しくて、会社でいじめられてて、実家に今帰ったら逃げているみたいに思えてね、帰らなかったんだ」
千歳はその時の事を思い出すと、胸が張りで貫かれたような痛みに襲われる。
「お別れさえ言えなくて……いつも、学校から帰ってくると、尻尾ブンブン振ってかわいかったんだ。寂しい時も苦しい時も一緒にいてくれたのに、あの子が死ぬとき一緒にいられなかった自分のこと、後悔している」
女性が、千歳のことを見た。
「見つかるといいね、ゴンタ。大事なんだよね、家族だもん。自分が死んでいる事よりもゴンタの心配するくらいだし、きっと見つかるよ」
女性は、泣き笑いになりながら力強くうなずいた。
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