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第40話 正夢
千歳が会社を辞めたのは、当然の流れだった。
自宅で意識を失って倒れていて、目が覚めると、丸々一日経っていた。床にそのまま倒れ込んでいたので、体中が痛く、あちこちが軋むようだった。
割れそうになったネイルのはげかけた爪。
艶のない髪の毛。
窓に映った自分の姿を見て、千歳はこれは限界だと感じた。
翌日、病院に念のため行ったのだが、特に何も問題はないという。良かったと胸をなでおろしながら、家に帰ってすぐに千歳は心を決めた。
たった数時間意識を失っていただけなのに、心が穏やかで晴れやかな気持ちになっていた。
まるで、長い間とても心地の良い夢を見続けていたかのような。身体は痛かったのに、不思議と今まで感じていた謎の焦燥感も、不安も、怒りも悲しみもなくなっていた。
退職の希望を出したのはそれからすぐ後で、引き継ぎ作業を終えるとすぐに住んでいる部屋を引き払った。
今まで、一度も帰ろうと思わなかった実家に、突如帰りたくなったのだ。
なぜか、家族に病気があるような気がしていて、すぐに戻らなくてはと思ったのだった。
電話で仕事を辞めて戻るからと伝えると、いつもは図太い神経を持っている母が、その時ばかりは声を詰まらせたのだった。
千歳はそれで、父に何かがあったのだと確信した。
実家に帰って、そして父親の癌のことを知らされた時、つい口をついて出た言葉は「うん、知っている」だった。
そして、そう呟いてから、自分でもなんで知っていたんだろう? と疑問に思うばかりだった。
何か、そういった夢を見ていたのかもしれない。
実家に帰ると、父親が癌だと分かってしまう夢。見た覚えはないのだが、妙に現実感を持っていた。
帰ってきた千歳を見て、両親は涙を流した。
千歳は、やっとほっとした。
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