暗転の花火大会

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暗転の花火大会

 八月一日。姉ちゃんは部活がないというのにやけに早起きしていた。昨日パーティーをしたから、何も言わないでいたら、「お姉さまに何か言うことは?」とにっこり笑顔で脅しつけられたので、「お誕生日おめでとうございます、お姉さま」と、棒読みで告げた。  ワンピースを着て、昨日山下さんからもらったヘアアクセサリーを母さんにつけてもらって嬉しそうにしていた姉ちゃんは、今日は出かけていった。なんか、家の中に女の子が増えたように感じて、おかしな気分だった。  姉ちゃんのことは、まぁいい。俺は一緒に組んでストレッチを行うマサルに対して、結果を報告した。 「えっ。花火大会、オッケーもらえたのか!?」 「もらえたけど……驚きすぎじゃね?」  あまりにでかい声を出すものだから、慌てて両手でマサルの口を塞いだ。スグルは肝心なところでヘタレだから、今回も「誘えなかった~」と落ち込んでいると思った、とのこと。失礼だな。 「なごみ姉ちゃん使ったの?」 「使ってねぇよ」  ちゃんと俺が山下さんにプレゼントを受け取ってもらい、自分の口で誘った。姉ちゃんをエサにすることなく、了承の返事をもらった。 「まぁ一応、姉ちゃんにも声はかけたんだけどさ……」 「やっぱヘタレじゃん。ウケル~」  ギャルみたいな口調で馬鹿にするな! 俺だって本当の本当に、二人きりでデートしたいのはやまやまなんだけど、今まで姉ちゃんを含めた三人で、ってことばかりだったし、急に二人になるのは、心の準備がさ……。  あと、山下さんに「なごみ先輩も来るよね?」って当たり前のように言われそうで怖かった。  なので昨日の帰宅後、また洋服選びに悩んでいた姉ちゃんに聞いたのだ。 『山下さんと花火大会行く約束したんだけど、姉ちゃんも来る?』    って。  内心ではもちろん、「断ってくれ」と念じていた。断られたとなったら、俺も覚悟が決まるし、何より山下さんに、「誘ったんだけどね」という大義名分が立つ。  ちょっと考えてから、姉ちゃんは、「あ~……」とうなり声をあげてから、「ごめん。たぶん一緒には行けない」と言った。Tシャツの裾を指で弄りながらという、弟からすれば大変気味の悪い仕草とともにもたらされた返事に、「うん。わかった」以外の言葉を発することはできなかった。 「なんか最近、姉ちゃん変なんだよなあ」    髪を伸ばし、整える。顔を石けんで洗って、すぐに化粧水をぱしゃぱしゃつける。これまで朝の支度は五分くらいで済ませていたのに、倍以上の時間をかけるようになった。母さんにさんざん言われても面倒! と拒否していた日焼け止めも、自分からしっかり塗りたくるようになったし。 「なんか心境の変化でもあったんかな」 「いや、お前それって……」  マサルはなんだか、苦酸っぱいものでも食べたみたいな顔をしている。イケメンが台無しだぞ、とからかうと、深々と溜息をついて、やれやれ、と首を振った。それから俺に向けて人差し指をびしりと突きつけると、真顔になって宣言した。 「いいか。予言してやるよ」 「お、おう……?」  あまりの迫力に、俺は引いた。心だけじゃなく、身体ごと。マサルは離れた分の距離を、ずずいと埋めるべく迫ってくる。 「お前はきっと、花火大会の日に姉ちゃんと会場で出会うだろう。そのとき、山下と一緒にいるかいないかで、お前の運命は決まる」  予言か占いか知らないけれど、マサルはすごく真剣だった。  山下さんと一緒にいるときに出くわしたら、すぐに彼女は姉ちゃんに夢中になるだろう。でも、それだけならいつものことだ。運命が決まるなんて、大それた結果になるはずがない。  マサルにもっと詳しいことを聞きたかったけれど、集合がかかってしまったので、聞けずじまいだった。そして厳しい練習の後には、俺は彼の予言をすっかり頭から、消え去ってしまったのだった。
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