どうも、(偽)彼氏です

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どうも、(偽)彼氏です

「ちょっとスグル! 早くどいてよ! 朝練に遅刻する!」  洗面所に陣取って、寝ぐせを直していたら、どつかれた。寝起きとはとても思えないパワーだ。 「なにすんだよ、姉ちゃん!」  超スピードで歯磨きして、水だけで洗顔を済ませた(俺でさえ石けんを使うのに)姉ちゃんは、俺の首からタオルを取り上げると、顔を拭いた。  いや自分の持ってこいよ! と突っ込むと、「めんどい」と言って、洗濯カゴにぶち込む。 「おかーさーん。朝ごはんいらない! 時間ない!」  一度戻った自室から、セーラー服姿で出てきた姉ちゃんの髪は、寝ぐせがついている。ああいうの気にしないのって、信じらんない。普通、女ってのは髪や肌に気を遣うもんじゃないのか。  俺は空いた鏡の前で、一生懸命に髪の毛をセットする。硬い髪の毛は、どうしてもツンツンになってしまうけれど、これはヘアセットの結果なのだ。そうなのだ。 「なごみ! おにぎりくらいバスの中で食べられるでしょ!」  食卓には姉ちゃんの弁当と一緒に、でっかいおにぎりが置いてあった。寝坊する未来が母さんには見えていたとしか思えない、準備のよさだ。弁当箱を放り込む、でかいエナメル素材のスポーツバッグは、なぜか俺とおそろい。色までオレンジでかぶせてくるとか、ほんとありえない。  一回入れ違ったことがある。姉ちゃんのキャミソールが出てきたときは、変態呼ばわりされるかと思って、気が気じゃなかった。悪いのは俺じゃない。全部姉ちゃんのせいだ。 「いってきまーす!」  姉ちゃんは爆弾だ。俺たち家族の「いってらっしゃい」なんて聞かずに、玄関を飛び出していった。 「ほんとあの子ったら、慌ただしい。誰に似たのかしら」  母さんは溜息をついた。うちは両親ともにおっとり系。名前だけは和というはんなり系の姉ちゃんは、どっちにも性格は似てないけど、背の高さだけは、ばっちり受け継いでいる。俺はまだ成長期だから! 毎食牛乳飲んでるし! 「スグルも早く食べちゃいなさいね」 「うん」  思いのほか、ヘアセットという奴は時間がかかるものだ。時計を気にしながら食べて、ばっちり清潔感のある格好をした状態で、俺は玄関で人を待つ。  あの子はいつも、八時にやってくる。  ピンポン。  チャイムが鳴ると同時に、俺はドアを開けた。
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