18人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
どうも、(偽)彼氏です
「ちょっとスグル! 早くどいてよ! 朝練に遅刻する!」
洗面所に陣取って、寝ぐせを直していたら、どつかれた。寝起きとはとても思えないパワーだ。
「なにすんだよ、姉ちゃん!」
超スピードで歯磨きして、水だけで洗顔を済ませた(俺でさえ石けんを使うのに)姉ちゃんは、俺の首からタオルを取り上げると、顔を拭いた。
いや自分の持ってこいよ! と突っ込むと、「めんどい」と言って、洗濯カゴにぶち込む。
「おかーさーん。朝ごはんいらない! 時間ない!」
一度戻った自室から、セーラー服姿で出てきた姉ちゃんの髪は、寝ぐせがついている。ああいうの気にしないのって、信じらんない。普通、女ってのは髪や肌に気を遣うもんじゃないのか。
俺は空いた鏡の前で、一生懸命に髪の毛をセットする。硬い髪の毛は、どうしてもツンツンになってしまうけれど、これはヘアセットの結果なのだ。そうなのだ。
「なごみ! おにぎりくらいバスの中で食べられるでしょ!」
食卓には姉ちゃんの弁当と一緒に、でっかいおにぎりが置いてあった。寝坊する未来が母さんには見えていたとしか思えない、準備のよさだ。弁当箱を放り込む、でかいエナメル素材のスポーツバッグは、なぜか俺とおそろい。色までオレンジでかぶせてくるとか、ほんとありえない。
一回入れ違ったことがある。姉ちゃんのキャミソールが出てきたときは、変態呼ばわりされるかと思って、気が気じゃなかった。悪いのは俺じゃない。全部姉ちゃんのせいだ。
「いってきまーす!」
姉ちゃんは爆弾だ。俺たち家族の「いってらっしゃい」なんて聞かずに、玄関を飛び出していった。
「ほんとあの子ったら、慌ただしい。誰に似たのかしら」
母さんは溜息をついた。うちは両親ともにおっとり系。名前だけは和というはんなり系の姉ちゃんは、どっちにも性格は似てないけど、背の高さだけは、ばっちり受け継いでいる。俺はまだ成長期だから! 毎食牛乳飲んでるし!
「スグルも早く食べちゃいなさいね」
「うん」
思いのほか、ヘアセットという奴は時間がかかるものだ。時計を気にしながら食べて、ばっちり清潔感のある格好をした状態で、俺は玄関で人を待つ。
あの子はいつも、八時にやってくる。
ピンポン。
チャイムが鳴ると同時に、俺はドアを開けた。
最初のコメントを投稿しよう!