ドキドキのバースデー

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「誕生日、おめでとう」  受け取った山下さんは、まずラッピングをまじまじと眺めた。赤い和風の柄の包装に、うっとりと見入っている。  中、見てもいいかな? と尋ねてくるところが、姉ちゃんとは違うところだ。見てもらわないと困るので、俺は「どうぞ」と身振りだけで応えた。 「わ……ぁ」  花火大会に誘うための布石としてのプレゼントとして、マサルと一緒に選んだのは、かんざしだ。こういう和風アクセサリーも、浴衣の催事場にはたくさん置いてあった。その中からああでもないこうでもないと選んだのは、ガラス玉に金魚が描かれた、涼やかな一品だ。  気に入ってもらえるかどうか不安だったけど、山下さんの表情から、一目瞭然だ。俺は胸を撫でおろした。まずは第一関門突破。問題は、次の壁を俺が超えられるかどうか、である。  試合のときは、姉ちゃんに頼ってしまった。今日だって、俺のために彼女は家まで来てくれたわけじゃない。 「これってかんざしだよね? 自分でしたことないけど……調べてさしてみるね! ありがとう! すっごく可愛い!」    マサルであれば、「君の笑顔の方が可愛いよ!」なんて軽く言いそうだけれど、俺にはできない。かんざしを持ったまま、楽しそうに先を歩き始めた彼女を、俺はありったけの勇気で呼び止める。 「山下さん」  振り向く彼女は、首を傾げた。  さあ、言え。断られることなんて、今は考えるな。 「それでつけて、花火大会に一緒に行きませんか?」  一瞬動きを止めた山下さん。うつむいて返事を待つ俺は、怖くて彼女の顔が見られない。気配がぽてぽてと近づいてきて、クローゼットの中で嗅いだのと同じ匂いが、すぐそこにあることを知り、俺はようやく顔を上げた。思ったよりも近くに、山下さんの顔があって固まる。 「それは、浴衣を着てってことですか?」  いたずらをたくらんだ子供のような顔で、彼女は笑う。 「は、はい!」  嫌なら嫌だと、山下さんは、はっきり言う。最初に付き合うフリをしよう! と言ったときのように、メリットデメリットを尋ねてくることもなかった。俺のことはもう、利益とかそういうの度外視で付き合ってくれるつもりになったんだろうか。  俺は、自惚れてもいいんだろうか。  明確な答えはなかった。ただ、マンションの前で別れるときに、「じゃあ、花火大会の待ち合わせ場所とか時間は、近くなったら連絡するから!」と念を押すと、彼女は小さく、「うん」とうなずいた。  何よりも明確な、返事だった。    
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