暗転の花火大会

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 八月十九日。いよいよ花火大会当日である。待ち合わせは早めに、午後五時。屋台を眺める時間も必要だ。噂によれば、場所取りは過酷な戦争だというので、今回は見送る。立ち見になるけど大丈夫か、と聞いたら「平気だと思う」と返ってきた。  って、マサルに言ったら「花火で浴衣デートをわかってない!」と説教され、教授されたので、本日の俺の荷物は少し多めである。教えてもらわなかったら、財布だけポケットに突っ込んで出かけてたに違いない。ボディバッグに大きめのタオルや持っていくように言われた救急セットなんかを詰めて、待ち合わせ場所に出かけた。  俺たちの家のちょうど中間地点にある公園は、花火大会に向かう人々の待ち合わせ場所として、賑わっていた。失敗した。他の場所にすればよかった。何人か友達に遭遇して、「前多も一緒に行くー?」と誘われるが、当然、すべて断った。 「ま、前多くん」 「お、相田も花火?」  トレードマークのツインテールを封印し、まとめ髪にしている相田は、いつもより大人っぽかった。白地に青い朝顔が咲いた浴衣は涼やかで、ワインレッドの帯も鮮やかだ。連れはいつぞやと同じ、白瀬と岩田である。なお、二人はTシャツにスカートやハーフパンツという普通の出で立ちで、特に目を引くということはない。  相田の後ろに立ち、にやにやと笑う二人に、やや不穏なものを感じながらも、俺は「お前らいっつも仲いいな」と無難に声をかけた。 「や、そうじゃなくてさ! もー、前多、なんか言うことないのっ?」  こういうときに騒がしいのは、いつも白瀬だ。言うことも何も、「花火楽しみだな」とか「たこ焼き食いすぎるなよ」とか、そのくらいしか思い浮かばない。それを言ったら、白瀬に馬鹿にされるだろうことだけはよくわかるので、口をつぐんで頬を掻いた。  女子三人の期待とプレッシャーの眼差しから逃れるべく、視線を逸らす。すると公園の入り口に、山下さんが来るのが見えた。これ幸いと俺は大きく手を振って、彼女を呼び寄せる。 「前多くん、お待たせ」 「いや、全然待ってないし!」  オーバーリアクションになってしまうのは、浴衣とまとめ髪のコンボによる攻撃を、まともに受け止めて混乱していたせいだ。  俺のプレゼントのかんざしを使って、山下さんは長い髪の毛をまとめている。ポニーテールもいいが、首にまったく髪の毛がかからない、こういう髪型も自分が好きなのだと、初めて自覚した。  浴衣は青地でグラデーションがかかり、大きな金魚が泳いでいるデザイン。もちろんこれは、かんざしとのコーディネートを狙っているわけで。  思わず見惚れていると、山下さんがにこにこと、期待のまなざしを送ってくる。ハッと気がついて、俺は照れくさいながらも、「似合うよ、可愛い」と褒めた。本当は、もっと言葉を尽くして褒めたたえたいところなのだが、あいにく俺は、単語を知らない。
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