「おはよう!」
週に二回は「ひょはよぉ!」と噛んでしまって姉ちゃんに馬鹿にされるのだが、今日は噛まなかったし、姉ちゃんは朝練。月曜日の朝、今週は幸先のいいスタートが切れた。
「前多くん、おはよう」
姉ちゃんと同じセーラー服なのに、彼女が着ているとまったくの別物に見える。清楚系っていうのかな。こっそり深呼吸をすると、なんだか石けんのいい匂いがして、ドキドキする。
彼女はそわそわと、家の中を窺うように身体を傾けている。日に焼けていない白くてふくふくしたほっぺが、期待でピンク色に染まっていて、可愛い。
「なごみ先輩は?」
にっこり笑顔で姉ちゃんの所在を尋ねられて、俺は「大変言いにくいのですが」という顔を作って、彼女に手を合わせて謝罪する。
「ごめん! 姉ちゃん、朝練だって先に行っちゃったんだよね……」
「ええっ!」
先ほどまでのにこにこと打って変わって、彼女は頬を膨らませている。ちゃんと連絡して! と唇を尖らせる彼女は、うちに寄るためだけに、わざわざ最寄りのバス停とは逆方向に歩いてくる。
「ごめんごめん。急にだったから、連絡できなかったんだ」
嘘です。朝練があることは、昨日のうちに知っていたし、そもそも連絡するつもりがありませんでした。
ぷんぷんしている彼女の横を歩き、ご機嫌を取る。昨日のドラマ見た? とか、学校でもできる他愛のない話題だ。じゃあ学校でやれよ、って? それができたら苦労はしないわけ。何せ、俺にはバス停までの五分間しか、彼女と交流する時間がない。
俺が通うのは、近くの公立中学校。徒歩十五分。彼女が通うのは、姉と同じ中高一貫の私立女子校。バスに揺られて十五分。
必死に俺の存在をアピールするけれど、今日の彼女はつーんと顔を逸らしっぱなしだ。くそ、姉ちゃんがいなくて二人きりだ! と思ったのに、これじゃあ姉ちゃんがいた方が、なんぼかマシだ。
「……これからは、姉ちゃんが朝練のときは、ちゃんと連絡します」
バス停に到着してしまった。無視され続けた俺は、しょんぼりしながら約束する。ようやく機嫌を直した彼女は、「よろしい」と大きく頷いた。
「前多くんと、その、お付き合い(のフリを)してるのは、なごみ先輩のためなんだからね……!」
肩の下まで伸ばしたさらさらの髪の毛を、指に絡ませながら照れている。そういう可愛い顔は、姉ちゃんじゃなくて俺のためにしてほしい……!
「あ、バス来ちゃった。じゃあね!」
もだえている俺をよそに、彼女はバスに乗った。今日は座ることができたらしい。発車のブザーが鳴ると同時に、彼女は俺に向かって、小さく手を振ってくれた。
「……可愛い」
ちくしょう! 可愛い! 小学校のときから変わらない! いや、もっとずっと、可愛くなった!
はああ、とでっかい溜息をついて、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「ちゃんとお付き合いしたい……」
俺、前多優の好きな人は山下結衣さん。同い年の中学二年生。
そして恋のライバルは……俺の姉ちゃん。前多和。高校一年生。
勝てる気がしない俺は、少々卑怯な作戦を立てて、山下さんとお付き合い(仮)を成立させている。
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