末姫疾走 ~ the sweet little mermaid ~

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「――あるわ」  聴く者の心をとろかすような、甘く響く声。  毒々しい色をした魔女の爪には目もくれず、若い人魚はうなずきました。  七つの海に生きる誰もが知る、海の王の掌中の珠。姉たち同様美しく育った末の姫は、魔女に向かって言い放ちます。 「とうに知ってるわ、そんなこと。いいから、さっさと薬をちょうだい」  人魚姫の言葉に、魔女が笑い声をあげました。 「どうやら、こっちにもいたらしいね。とびきり無鉄砲なのが」 ~・・~・~・・~・~・・~  渡された小瓶を握りしめ、人魚姫は暗い海の底から、陸をめざして勢いよく泳ぎだしました。  つややかな長い髪が、白い身体を包みこみます。 「速く。もっと速く」  花びらのような唇がつぶやきます。  こうしているうちにも、王子のいる陸の世界では、海の世界の何倍ものスピードで時が流れているのです。  人魚の感覚では、王子に残された時間はたった五分――さすがにそれは、魔女の悪い冗談だったのかもしれません。  とはいえそれが、ほんのわずかな時間であることは間違いなく。  はかない陸の時間の中で、うら若い人魚の姫は、いったい何を手に入れようというのでしょう。  小瓶の薬で二本の脚を得る代償に、甘い声も輝く(うろこ)も、力強いひれまでも失った上、王子の愛を得られなければ海の泡となるさだめまで負って。  それでも姫は、しなやかな尾をきらめかせ、浜辺に向かって一心に泳いでいくのでした。 【 了 】
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