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十日が過ぎても男からの連絡はなかった。関係を続けるも止めるも私次第だと言われているようなものだった。悶々とする私に残酷なアドバイスをくれたのは、私の最初の恋人だった幼なじみだ。
「三年以上もつきあって今更恋人じゃないって言われて、それ以上のなにを期待するんだよ。現実を見ろよ」
元カレは私に反論の隙も与えなかった。
「ココはいつか恋人になれるって思いたいのかもしんないけど、そいつに本命がいないと言い切れんの?」
家族以外で唯一私を『ココ』と呼び捨てで呼ぶ元カレの言葉には手加減というものがなかった。
「それからカレシの仕事。輸入関係で月の半分は海外ってやつ、今だから言うけどあやしくないか? 会わない口実に使ってるとしか思えないね」
私が目を逸らし続けた現実に元カレはとっくに辿り着いていた。
「つうかさ、相手が忙しいって聞いて内心ほっとしてただろ。ココにとっても都合のいい相手だった。それがこの結果なんじゃねえ?」
「……」
元カレの言うとおりだった。
父子家庭で、家事をこなしながら八才下の弟の面倒をみていた私には男の多忙がちょうどよかった。
男は私の事情に寛大だった。――思春期の弟を夜ひとりにしたらろくなことにならないからな。
そういって労ってくれた。
けれど皮肉にも、それが私の負い目になった。
父の帰宅を待って待ち合わせ場所へ急ぐと、男は決まって電話中だった。助手席の窓ガラスを指で弾いて到着を知らせる。紅潮した頬の私を見てもなかなか携帯を耳から離さない男に不安を覚えなかったといったら嘘だ。誰と話していたのかと聞けばなにかが変わっただろうか。
私たちは毎回同じホテルへ行く。数時間を共にして再び車に乗り込む。何度も「ドライブでもしない?」と言いかけた。けれど私を送り届けることしか考えていない男の横顔にどうして伝えられるだろう。我慢していたことはもっとある。結局足を踏み入れることがなかった男のマンションや、紹介されなかった友達、行きつけの店。年末や盆、大型連休で実家へ帰省する男に、今度こそ「一緒に行かないか」と誘われると期待しては、裏切られたこと。
元カレは同情のような溜息を混ぜて私を諭した。
「男と女がつきあうってことは束縛しあうってことだ。俺がそれを教えてやってないから責任感じるけど、でもな、これだけは言える。ビクビクしていることをドキドキしているとは言わない」
「私が、ビクビクしているだけだって言いたいの?」
「違うか?」
元カレは唇を噛む私を見て、潮時だな、と言った。揺るぎのない声。私は肩を震わせる。
「おじさんも心配してたぜ。ココはどんな男とつきあってるんだろうって」
父は子供の恋愛に口を挟まない。それはたぶん、私のせいだ。
「俺はいつかこうなると思ってたよ」
元カレは続けた。こうなること、おまえも知ってただろ、と。私は頷いた。そうだ、私は知っていた。きっかけさえあればいつでも終わることをほんとうはずっと前から知っていた。
「別れた方がいい」
「……わかった」
簡単に決心したわけじゃない。でもそう見えたとしたらこの仏頂面のせいだ。哀しくても平然として映る薄く真っ直ぐな、この唇のせいだ。
私の決意に元カレは得意気に顎を上げた。悪気はなかったのかもしれない。けれどこの一件で私は強烈な敗北感を抱えることになった。
あのときの痛みはしつこく残って、今も消えない。
考えてみれば、私と別れる前も後も変わらずに自由気ままな元カレに恋愛相談をした私が愚かだったのだ。そうか、私が悪いのか。だったらもう二度としない。ぜったい。
――あの日の誓いは続いている。
だから今日圭介の家に招かれたことも、もっといえば恋人がいることも幼なじみの元カレには打ち明けてはいない。
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