プロローグ

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プロローグ

 その壺を覗き込んでいたら、斜め後方から声が聞こえた。 「なにを怒っているのだ」  そんなの決まってるじゃないか、と答えてから、壺の中に手を入れた。  森の中には無数の壺が転がっていた。瑠璃色のものも光り輝く黄金色のものも、草木と同じ色のものもあった。どの壺も死んでいた。けれど切り株に寄り添うように置かれている青磁色の、その壺だけは生きていた。陽射しは高いところにあって地面には届かない。風に揺れた葉っぱが朝露を滴らせる。壺には蔦が絡まり、蝶が休んでいた。それは模様だったが蔦はどんどん伸びて地面を這い、黒い縁取りの青い蝶は今にも飛んでいきそうだった。  一心不乱に、壺の中をまさぐる。ぐるぐると、ばさばさと、上下左右闇雲に。 「おまえが探しているものは、その壺の中にはないぞ。あきらめなさい」  厳かなの声に唇を噛んだ。 「おまえの欲しいものはわかっている」  は言った。 「けれどそんなに怒っていたら、探し物は怖がって隠れてしまうぞ」  ほら、と肩の横から杖が伸びてきて壺を撫でた。なぞったそばから壺にはヒビが走ってあっという間に割れてしまった。そしてもいなくなった。  ああ、また振り出し……。  口惜しさを持て余し他の壺を探す。土を掘って、木を揺すって、しゃがみ込んで。けれど生きている壺はみつからなかった。やっぱりあの壺が〝最後のひとつ〟だったのだ。  はどうしていつもじゃまばかりするのかと、両足を踏ん張って立ち尽くす。そんな夢を、いつの頃からかときどき見るようになった。 
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