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キャンプ(ホラー)
お題は「陰」「妖精」「燃える可能性」
ジャンルは「ホラー」
「こんな湿った薪じゃ、燃える可能性ゼロだね!」
やっべー、昇平めっちゃ怒ってる。
「ごめん」
初めてのキャンプに浮かれて、俺は持ってきた薪を川に落としてしまったのだ。森や川や鳥の鳴き声、都心ではあまり見たこともない草花に目移りして、足元を見ていなかったのだ。子どもが遊んだらしい積み石につまずいて、ドボン。気がついたときには、持ってた薪は川面を漂っていた。
「浮かれる気持ちもわかるけど、今夜の飯どうすんだ? 火がなきゃ何もできねーぞ」
「ひ、拾ってくるよ。薪」
慌てて森の方に走り出した。
「ぶっ、はははははっ! 冗談だよ。荷物降ろし終わったら、管理事務所で薪売ってるから買いに行くぞ」
昇平の奴、腹を抱えてヒーヒー言っていやがる。まったく、サトミちゃんにまで笑われたじゃないか。俺がずっと気になってる後輩、サークルに現れた瞬間、桜の花びらが軽やかに舞ったんだ。この大学に入学してて良かったと本気で思ったよ。なのに、なのに、マジはずいからやめろ。
「はぁ、なんだよ。びっくりしたぁ」
ちょっと声にトゲが混じった気がしたが、昇平はおかまいなしだ。
「お前があんまりにも浮かれてるからさ、一応ここはキャンプ場とはいえ、森の中だ。少しは気を引き締めておけ、怪我してもすぐには病院にも行けねーからな」
確かにそうだ。ここは自然の中、野生の動物だってそこいらじゅうにいるし、ちょっと変な道に入り込んだら、戻れなくなるかもしれない。そう考えると、背筋がぞくりとした。
焚き火での慣れない炊事、でもサトミちゃんとじゃがいもの皮むきは、めちゃくちゃ楽しかったぞ。細く長い指先が、するすると滑るように動き、泥臭い皮を剥がれたジャガイモの山ができていく。定番だけど、今夜の夕飯はカレーだ。今回の参加メンバー六人の総意により決定した。
そんな楽しい時間を過ごしていたが、どうにもつまずいた足に違和感がある。痛みというほどではないのだが、ついついと引っ張られるような、突かれるような……まぁ、そのうちに治るだろう。
足の痛みは、みんながテントに入り静かになった頃、徐々に痛みに変わってきた。きりきり、きりきりと締め上げらるように。骨までも悲鳴を上げているかのようだった。そんなで、俺はどうにも寝付けずにいた。
森の中での初めてのキャンプ。俺は、その音に気づくのに時間がかかってしまった。ずるり、ずるりと重しを引きずるような音が、テントのすぐ横をかすめた。
ベシャリ。ジジ、ジジジジジ……
テントの上に、手形のシルエットが浮かび、外からファスナーが開かれる。
「どこ? いない……どこ……いない……」
ずぶ濡れの女が、中を覗き込んだ。俺は慌てて目を瞑った。頭蓋骨の中に心臓が移動してきたかのように、ドクドクと脳内に響く鼓動、吹きだす汗、人の気配。
「違う……」
ずるり、ずるりと音が遠ざかる。
積まれた石には、それだけで魂の拠り所になってしまう。崩れれば、もう住うことは出来ない。拠り所を失った魂は、新たな拠り所を探すのか、それとも別の何かを探していたことを思い出したのか分からないが、以前この川の上流で心中事件があったそうだ。二人が離れないようにお互いの体をロープで結んで、けれどもそれが仇となり、男の方の上半身は今も見つかっていないそうだ。
薄暗い森の物陰や、誰も住んでいない家、ふとした場所に此の世と彼の世をつなぐ扉がある。
妖精のように小さくて、ちょっとした悪戯をする類のものなら、たいして害はないけれど、そうでないものもいる。
決して、一人でそんな扉をあけないよう、ご注意を。
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