星降る夜に悲涙はいらない

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「あっちはどうしてるかな」 「女同士で積もる話もあんだろ。洸也は、まあ、必要な置物だな」  元は畑だった荒れ地が車のライトに照らされていく。車中には達郎と和真の二人。配車の都合で、運転手の洸也は美津穂達の側に付いている。 「それは、そうだね。じゃあ達郎、電話かけて」  ハンドルを握ったまま、和真が助手席に声を投げる。 「洸也な。ちょい待ち」  コールをかけると、スピーカーモードにして二人の間にあるコンソールボックスの上に置いた。 『どうした? 何かあったか?』 「今どこ」 『星がよく見える場所』 「そっか。二人は?」 『スマホ灯りにして何か二人で話してるけど』 「なるほど。じゃ、僕らもちょっとボーイズトーク的な」  軽い調子で和真が答えると、通話越しに不満げな声がした。 『ボーイって……。俺だけ通話かよ』 「こっちは顔合わせてっから。いいんだよ、これで」  達郎が苦情を一蹴する。切り捨て方のらしさに、隣で和真が笑った。 「新婚生活はどう?」 『どう、って言われてもな。そんな変わらないぞ。もともと同棲してたし、引っ越した訳でもないからな。式とか挨拶行ったりとか手続きとか、実感は凄い湧いたけど。生活への変化ってのはあんまり感じないな』 「無難な回答しやがって。真面目かよ。もっと本能に従って喋れよ。俺は喋るぞ」 『知ってるよ。お前はいつもそうだよ。理性を持てよ』  呆れた声をスピーカーが出す。 「俺は、正直未だに信じられねえんだよな。お前らが結婚したの」 『いや、素直に信じて祝えよ。というか既に祝われたよ、お前らに』 「お似合いだよね。順調みたいだし。何か不満?」  二人に突っ込まれて、達郎が言葉を続ける。 「いや、わかってる。ケチつけようって訳じゃなくてな」  洸也、香織とは他二人より付き合いの長い達郎が言いづらそうにして、しかし言葉にする。  「ただ、なんかガキの頃の印象強くてさ」  それだけで理解した様子の洸也が茶化すように言う。 「お前、漫画とかアニメとかに毒されてるんじゃないか」 「は? そりゃねえわ」  洸也に、鋭く冷え込んだ声で達郎が応じた。横で効いている和真は苦笑して黙って聞いている。 「俺統計によれば幼馴染の勝率めっちゃ低いから。ギャルゲーとかにまで話を広げると、ヒロインルート用意されても他のルートでそれ以上の数の敗北が約束されるまであるから。漫画アニメなら幼馴染と結ばれるとかどこの妄想ですかねえ。今ならどこにだって書いてありますよねえ、フィクションです架空であり実在のものとは関係ありません。架空空想幻想夢物語。毒にして食らったのはどっちですか空想と現実の区別がつかないんですかキャラクターの人権とか主張しちゃいますかその権利は著作者に帰属するものです残念お前に主張できる権利では有りませんお前が鼻息荒くしているのは紙に印刷された絵ですぅぅぅ!」  隣でフロントガラスを睨んだまま絶叫する狂人を横目に、和真がそっと通話口に声をかける。 「話題避けるために達郎のトラウマスイッチ押すの止めてよ、洸也」 『いや、ここまでの反応は想定外というか、すまん』 「前に接待とかの合間縫ってようやく仕上げた同人誌でちょっとあったじゃん」 『どれだ。エロいの?』 「全年齢」 『版権?』 「じゃない方」 『アレか。というか、地雷がとっ散らかり過ぎてる』 「まあ、それが達郎だから」 『言わんとすることは分かった。俺は夢と現実の区別なんて、付いたことないけどな。ザマアミロ』 「てめぇ、この野郎!」  混ぜっ返す洸也の言葉に、達郎が食って掛かる。それを横から和真が遮った。 「はいはい。喧嘩しないの」  そんな言葉ひとつで二人を止めて、和真は達郎の創作に話題を向ける。勝手に話させた方が、不意に地雷を踏み抜く可能性は低い。  初めこそ達郎が話していたが、それぞれがその瞬間に思った事をそのまま口に出すせいで、とりとめもない会話が終わりを見せることなく続いていく。  適当な頃合いに、和真が話を切り上げる。  手元を見ずに器用に通話を切った。 「満足した?」 「大いに不満だっての」 「言わないものを無理に聞き出すのは感心しないなあ」 「お前、結構ドライだよな」 「達郎が洸也達の事好き過ぎじゃない?」 「悪いかよ」 「全然。でもちょっと童貞くさい」  素直な返事を和真が返すと、達郎が急に助手席の窓を開け始める。  和真が止める間もなくシートベルトを外して窓から身を乗り出すと、星が降り続ける夜空に向かって遠吠えを上げ始めた。
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