八月十一日

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 数十年前にオレの曾祖父が失踪するまでは――。  現場の鳥居はチカの家の所有地で、町内の連中は毎年この時期になると、こぞって噂をするようになっていた。 「ちょっとだけ運命っぽくない? 神隠しの関係者のわたしたちが、物の怪たちを還してるなんて」 「ポジティブ過ぎて胃もたれする」 「そんなことよりさぁ、今年もお祭り行こうね」 「行くわけないだろ」  あんな物の怪の溜まり場なんか誰が行くかよ。オレを殺す気か。  日本全国の風習に漏れず、この町内でも盆踊りなるものが開催される。  この世のものじゃないものとカオスになる中で踊れるヤツの気がしれない。 「浴衣着るの楽しみ! 今年はハイビスカス柄」  オレの内心なんぞおかまいなしにチカは浴衣トークに花を咲かしている。 「チョコバナナとー、かき氷とー、わたあめとー、イカ焼き」  ファッションの次は食い物かよ。 (女子の思考って本当に分かんねぇ……)  しかも毎年毎年同じこと言ってるし。  音楽プレーヤーのリピート再生を聞き流すように、オレは適当に視線を逃がした。    『夏祭り 八月十六日 夕方六時から』    ……はずが先回りされる。 (何もお盆期間中にしなくたっていいだろ)  ブロック塀や家の壁に貼られたポスターが追い打ちをかけてきた。  窓にまで貼ってある。  もう上を見るしかない。  少しだけ群青色になりかけた空。  でも、空気はサウナみたいに、むあっとしている。  日射がないだけましだけれど、この時間帯もオレには最悪だ。  物の怪は基本的に闇を好む。  大通り以外の道は外灯の数が少なくて暗がりが多い。  たとえ点いていても古くなって点滅をくり返している。  LEDなんてこんな中途半端に田舎の町には無縁なのだ。  家々から漏れる明かりをあてにする時点で終わってる。  ただ歩いているだけでも、すれ違いざまうっかり目が合ったりしたら頭やら肩やらに乗っかられて、また倒れるのが目に見えていた。 「また店の裏で花火しよっ」 「えっ? あっ、ああ!」  彼女の話す内容を脳内スルーしていたので、急に顔を覗き込まれて反射的にうなづいてしまった。
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