八月十一日

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 オレは昔から変なものをよく見る体質だった。  特にこの頭に狐の耳を生やした怪しい男は、認めたくはないけれど生まれて初めて自分の目で見た対象物だと思う。   『おじちゃん、だあれ?』  三歳の頃だった。  いつも家の中をうろつく、その男にオレは無邪気に話しかけてしまったのである。 『なんだ。おまえオレの姿が見えんのか? 血は争えねぇな』    これがオレの運の尽きだった。  その日から、あちこちヤバそうな場所を連れ回された。  元々山伏として修業を積んでいただけあってサバイバル感満載の場所だらけ。  しかも今は化け狐だけあって当然人間が行くような所ではなかった。  断片的に覚えているのは、さっきみたいなどす黒いもやが溜まっている湖や火のついた車輪が暴走している光景だ。  連れ回される内に感覚ばかりが無駄に強化され、行く先々での恐怖体験も重なり。  オレは物の怪アレルギーを発症した。 「んなことよりもっと抵抗力つけろよ。あの程度の雑魚でやられてたら命がいくつあっても足らねぇぞ」 (誰のせいだよ)  イラっとしつつも相手にすれば、もっとイライラするので無視した。 「おまえ本気で医者なんかになるつもりか? やめとけやめとけ。医療ミスで訴えられたら裁判が泥沼化するだけだぞ」  机で補習の課題を解き始めたら元凶のクソジジイが覗き込んできた。  人外に関係ないし。  なんで医療ミスする前提で決めつけてるんだよ。 「妖怪狐になった先祖と違って現実主義なもんで」 「ほーぉ? あんな物の怪だらけの所で仕事したいと? 気配だけでぶっ倒れるのに御大層な考えだな」 (全部てめぇのせいだろ)  このクソジジイは母方の曾祖父で神通力も使えたとかなんとか。(ものすごく怪しいけど)  でも、祖母にも母にも霊感はない。 「明後日は、ぶっ倒れんなよ」 「毎年毎年、物の怪が入り込んできて大迷惑なんだよ! 自由に行き来できるんなら入り口塞ぐとかしろよ」 「んなことしたら、オレが殺されるっつの」  ひ孫からの必死の訴えも、この妖怪狐は聞く気がない。  お盆の間だけ人間世界とイッテンシカイがつながる。  それによって鳥居から物の怪が入り込むとこいつから聞かされた。  物の怪が、自然と向こうの世界に還ることはまれで、お盆が過ぎてもこちらにいすわっている。  この四日間を逃すと入り口が閉じてしまうため、また来年のお盆まで待つ羽目になるのだ。
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