八月十一日

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 オレはたった今まで、へばりついていた灰色の地面をぼんやり見つめた。    嫌な汗が背筋を流れる。 (やばい! 何かいる)  そう思った時には、ぐにゃりと視界がねじまがっていた。  暑さでアスファルトがゆがんだせいとは言いがたい。  いっしゅんで墨汁を煮詰めたみたいにどす黒くなり地面から触手が伸びてきた。 「あ、がっ――」  とっさに叫ぼうとする。  でも、その声が出せない。  開きかけたまま口が固まっている。  触手から黒い液体が垂れてオレの頭に落ちた。  脳内に自分のものじゃない感情が広がる。  じわじわと脳みそを浸食されていくようだった。 「おいっ司?」 「だいじょうぶ? 何かいるの?」 「げっ! 地面が」  あせるふたりの声が遠のく。  体の力が抜けてオレは膝から崩れ落ちる。  目の前が真っ暗になった。 「こんな雑魚の気にやられんのかよ。クソガキが」  ハッと意識が浮上する。  軽薄な声に目を開くと、どす黒くなっていた地面は灰色にもどっていた。 「げほっげほっ」  溺れて飲み込んだ水を吐き出すみたいにオレは咳きこんだ。 「これ飲んで司」  マサノリからペットボトルを差し出され、サクが背中を軽く叩いてくれた。  毎回毎回世話をかけて情けない。  いい友人を持ったとしみじみ思う。 「ゆっくり飲めよー。おれらは相手がガッツリ姿出してこないと視えないもんな」  このふたりも物の怪の姿が視えるようになってはいるけれど、オレほど過敏じゃない。  せめて戦力外なぶん、いち早く危機回避を知らせたいのに気配を感じた時点で倒れるのだから役立たずだ。 「ただの怨念が固まったヤツじゃねぇか」  シロガネが猫の首肉をつかむみたいに、どす黒い塊をぶらさげている。 「げほっ。うるせぇっえ! てめぇのせいだろっ。このクソジジイ」  ありったけの声で叫べば、ふたたび頭が真っ暗になった。  シロガネから顔面に、そのどす黒い塊を押しつけられたからである。  密着しているから効き目がすさまじい。  どろどろしているし放置された生ごみくらい臭い。  また脳内に自分以外の意識が侵入してくるのを感じた。
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