Brand new Engineer――

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Brand new Engineer――

 玄関先で屈みこんではマジマジと見つめ、それから、にんまりと笑う。  明日は日曜日。丸一日の休日で、これといった予定も入っていない。でも、それはまるですることがない暇な一日というわけじゃない。むしろその逆で、一日全てを好きなように使えるということ。  もちろん明日の天気なら既にチェック済みで、予報は晴れ。夜のニュースのお天気コーナーと、天気予報アプリとの両方で確認したんだから、間違いない。燦々と示されたお日様マークに、そのうえ庭先で見上げた夜空にはたくさんの星が瞬いている。  降水確率0%――断言したっていい。  きっと明日は、朝からの快晴。うん、これだけ確認したんだし、そうに決まっている。  もう一度玄関先のそれを見やり、自然私の口元はだらしなく緩んでいく。  明日は日曜日で、かといってなにか特別な用事やイベントがあるわけでもなくて――それでも、待ち遠しくて仕方がない。  今日、新しい靴を買った。  ずっと前から欲しくて、それでも毎月のお小遣いだけではとてもじゃないけど手が出せなくて。  だから、高校に進学して親からバイトの許可が出た時、嬉しくて仕方がなかった。だって、これからは頑張れば好きなものが買えるんだから。  お手伝いとは違う、働くという感覚。決して多くはないけれど、その労働に対して対価を得るということ。なんだかそれは、ほんの少しとはいえ自分が大人に近づいたことを実感させてくれた。  高校生になってからというもの、日々私の世界は広がっていく。新しい生活圏に、新しい出会いと構築されていく交友関係。その日々は中学の頃までよりもずっと刺激的で、だからこそ欲しいものも、やりたいことも、行きたいところも加速度的に増えていく。  でも、だからこそそれを、ずっと欲しかった靴をこそ最初に買おうと決めて――ついに今日、意を決して、買った。  ちなみにバイトを始めたとはいえ、当然クレジットカードなんてものは持っていない私なので、購入は当然現金一括。あれだけ頑張って貯めた数万円があっという間に消えてしまうのは、しようがないとはいえ中々に衝撃的で、それでいてその感覚はたまらなく気持ちが良かったりもした。  それと、購入時に新規でスタンプカードを作ってもらったんだけど、それがたった一回のお買い物で一気に埋まってしまったのにも驚いた。店員さんが数を数えながらポンポンと連続でスタンプを押していく様は、なんだかちょっとだけ楽しそうだった。  そうして今、玄関先には、私が以前からずっと欲しかった靴がある。それはもう、友達と回し読みしたファッション誌に載った憧れではなくて、他でもない私自身の物として。  私がそれを欲しいと言ったとき、みんなは口を揃えて「なんで?」と言った。私としては「カッコいいから」の一言に尽きるのだけど、どうにも一般的な女子高生にはわかってもらえないらしい。  でも、私はそのことをちっともおかしいだなんて思わない。  だって、目の前にあるそれ――真新しい黒のエンジニアブーツはこんなにもカッコいいのだから。  とにかく今は、もう嬉しくて、楽しくて。  玄関先で試し履きを繰り返しては、姿見に一人、ポーズを決める。もちろん足回り強調のポーズをとって。  定番のスキニーデニムに合わせて、ブーツインスタイル。お気に入りの赤いミニに合わせても似合うかも知れない。それからワイドパンツなんかと合わせても間違いなく決まるだろう。あ、それからこのブーツになら、買ってから殆ど着ていないライダースもいけるかもしれない。  ああもう、どうしよう。ブーツを履いているだけで、合わせてみたい服が次から次へと浮かんでくる。  大きく見栄をきってみたり、可愛く片足を上げてみたり。足を交差させてみたり、呼ばれてもいないのに振り向いてみたり。  玄関先をランウェイに催される即席ファッションショーにはまるで飽きない。スポットライトに照らされるモデルも、見惚れる観客も、頷く招待客も、喝采を浴びるデザイナーだって、全部私。  初めてのブーツはずっしりと重くて、まだ馴染んでいない革は硬く、脚の甲や土踏まずを圧迫している。  きっとしばらくは、靴擦れと付き合わないといけないだろう。でも今は、それすらも待ちわびている私がいる。  明日になったらどこに行こう?  今日何度目になるかわからないポーズを決めた私に、靴底が小気味良く返事をした。
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