Fly High――

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Fly High――

 けたたましいアラームに、僕は目を覚ます。  開き切らない瞼に手探りでそれを止めると、半開きの目にはデジタル表示で午前六時半の数字が並んでいる。どうやら土曜日だというのに、間違ってアラームをセットしたままにしてしまったみたいだ。  なんてこった。  目覚ましに罪はないとはわかっていても、ついそんな悪態をつきたくなってしまう。彼からしてみれば、いつも通りの定刻――文字通り秒単位で――勤勉に仕事をこなしただけだというのに。それでもやはり、どこか損した気がしてしまうのだから仕方がない。  ベッドサイドに目覚ましを戻しつつ、そのままボスンと枕に頭を埋める。と同時に、もとより起ききっていない意識はすぐさま眠気に満たされていく。  このまま二度寝だな。そんな風に思いつつも寝返りを打って横を向くと、締め切られたカーテンの隙間に、糸を引くように真っ白な一筋の線が見えた。どうしてか僕の視線はそこに吸い寄せられて、気づけば手はカーテンの端を掴んでいて、それから恐る恐るといった具合にではあるものの、ゆっくりとそれを開いていく。  瞬間、差し込む陽光。  それはあっという間にこの三十一歳、独身、一人暮らしの冴えない部屋に満ちて、鮮烈な朝をつれてくる。激しい眩しさに一瞬たじろぎながらも、のっそりと身を起こす。  眠気と、それ以上に急激な光量の変化に眩んでしまって開ききらない瞼をこすり、寝癖だらけの頭を掻き毟っては、とりあえず役立たずな脳みそを覚醒させるためのセブンスターに火を点ける。  身をよじりながら立ち上る白煙が、朝日に照らされてハイコントラストに浮かび上がる。チリチリとけぶる先端に、じんわりと広がりゆく焦燥感。  一吸いごとにまどろみが覚醒へと移行していく中、唐突にずしりとした鈍い痛みが頭を襲う。思わず顔を歪め、両のこめかみに手をやる。  ああ、そうだった。思い出しつつも見渡した部屋には、乱雑にスーツが脱ぎ捨てられていた。いや、スーツだけではない。その手前にはシャツにネクタイ、靴下も落ちている。  我ながら何をやっているのだろう、とため息をついてしまう。  そう、昨日は飲み会だったのだ。そんなことを思いつつも、昨晩に帰ってきたときのことが思い出せない。確か二軒目で飲んでいた時点で終電がなくなってしまって、後輩と一緒にタクシーを探していて――そこまで思い出したところで、さらに深いため息をつく。  そこから続く記憶は酷く曖昧なのだが、とりあえず今も頭の奥に響く鈍痛の理由だけははっきりした。  なるほどつまり、今僕は二日酔いなわけだ。  痛みよりも重さに近い頭を押さえつつ、もぞもぞとベッドを抜け出す。冷たい飲み物でも飲めば、きっといくらかはましになるだろうと冷蔵庫に向かい、 開けて目に入ったペットボトルのお茶をそのままにごくごくと流し込む。起き抜けの胃が冷たさに驚いているが、それ以上にその冷涼感が今は心地よい。  ペットボトルを冷蔵庫に戻し、改めて自分の部屋を見渡してみる。  殺人現場よろしく散らかった衣服に、吸殻だらけの灰皿。乱雑に物の置かれたテーブルに、先月からめくられていないカレンダー。そういえば、最後に掃除機をかけたのはいつだっただろうか? 誰が見てもずぼらと言われてしまうだろう光景には、我がことながら苦笑うしかない。  時刻はまだ午前七時にもなっていない。平日ですら、まだ出勤していない時間だ。そしてそんな今日は休日であり、時間に追われながら出勤準備をする必要もない。  相変わらず窓からは爽やかの代名詞とでも呼べる朝日が部屋を照らしていて、そんな陽気を丸一日掃除に費やすってのも、たまには悪くないのかもしれない。  一念発起というには大袈裟だとしても、まずは天気もいいことだし布団でも干してみるかな、と窓を開けてベランダに出ては大きく伸びをする。まだ少し肌寒くはあるが、全身に浴びる一杯の朝日が心地いい。と、ふと眼前を横切る、黒い影。  なんとなく身を乗り出して追いかけてみると、それは向けた視線の先で大きく優雅な弧を描く。  黒と白のツートンカラーに小さなくちばし。それから特徴的な、二本に分かれた尾っぽの風切り羽根。  一羽のツバメは滑るように滑空し、地面すれすれを舐めるように舞ったかと思えば、途端に急角度で上昇していく。  捕まえた上昇気流、逃すもんかとでも言うように。高く、高く。  つられて顔を上げた僕を、鮮烈な朝日が照らしていた。
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