スノーフレーク――

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スノーフレーク――

 はらはらと音もなく舞い降り、それは世界を埋め尽くしていく。  遥か上空より降り注ぐ無数の単結晶。それは、空の記憶だという。同じものはどれ一つとない、自然が創り出す一瞬の芸術品。  夜の内に包まれた世界は、早朝の陽光を浴びては眩い銀色に輝き、再び日が落ちれば、代わる月に照らされては、闇夜の世界を瑠璃色に染め上げる。  これは一体、どこの国のどの町のことを言っているのだろう? 町役場の観光課が制作した観光案内ポスターに添えられたフレーズに、思わず目が点になる。眩い銀色? 瑠璃色の世界? 物は言いようとはまさにこのことで、ポスターに謳われる景色も生まれてこの方十八年、毎年のように見せ付けられ続けた私からすれば、もはや神秘なんてどこへやら。あるのはただの見慣れた風景だ。そもそもこのポスターの写真、雪をどかすとその下は一面の田んぼだし。  冬なんて大嫌い。  なんといったって寒いし、一面真っ白な町は普段以上に殺風景になってしまう。踏み固められた雪は凍って滑るし、滑れば転ぶし、転べば当然すごく痛い。そのせいで怪我をしたのも一回や二回じゃない。  出かけるのも億劫になるし、かといって家に閉じこもっていたところで、楽しいことなんてほとんどない。  雪が降ったって、いいことなんて何にもない。ロマンチック? 馬鹿じゃないの? それは雪の降らないところに住んでいるから言えることだ。文字通り、幻想以外の何物でもない。  私にとってそれは、牢獄の鉄柵のようなものだった。  毎年冬になるとやってきて、瞬く間に町を埋め尽くしては、私をこの町という牢獄に閉じ込める。  この町も大っ嫌い。  おしゃれな美容院なんてどこにもないし、可愛い雑貨を売る店もない。流行のファッションなんてとてもじゃないし、駅前にカフェすらありやしない。  あるのはさびれた商店街と、ガソリンスタンドにホームセンター、町役場に郵便局と農協くらいのものだ。  本当に大嫌い。この町も、人も、埋め尽くす雪も、私自身も。  この数年、町の中央を横切る国道沿いで大規模な工事が行われていた。聞くところによると、何でも高速道路の新しいインターチェンジができるらしい。  どうやらそれは、東京まで繋がっているらしい――大分距離はあるみたいだけど。  だから私はそれにのって、東京まで行くんだ――完成は数年先で、そもそも私は車はおろか運転免許も持っていないのだけれど。  結局私は、昔も今も、田舎の雪国でぼんやりと過ごすただの女の子。それ以上でもなければそれ以下でもない。  でも、そもそもそれ以上って何なのだろう?  私はどうしてこの町を出たいのだろう?  私はこの町を抜け出して、何がしたいのだろう?  町を出る、これは絶対。だが、そこに至る意味と、至って以降の目標はまるで漠然としていて、それこそ今日の空みたいに曇っていてまるで見通せない。  私は十八歳の女子高生。  なんだってできるような気もするし、反面何をできるという根拠も持っていない。手に余るほどの可能性を、誰あろう私自身が持て余している。  幸いにして今日も明日も天気予報では雪だるまが踊っていて、おかげで考える時間だけはいくらでもある。それでも短絡的な私の思考は、それなりに捻ってみたところで、明確な答えは浮かばない。  結局私は、片田舎の十八歳の女子高生以外のなんでもない。  だから私は、今日も転ばないように登校する。恨めしいくらいに真っ白な雪は、今日も私の目の前ではらはらと舞っている。  この雪が解ける頃に、私のもやもやも一緒に溶けてくれれば楽なのにな――外気に触れる頬が痛くて、だからぐるぐる巻きのマフラーに、ぐいと鼻まで顔を埋める。  スノーフレーク、それは空の記憶。そう教えてくれたのは、誰だったかな?  予鈴の響く校門で見上げた空は、今日も憎らしいくらいに白かった。
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