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洗面台の真後ろには浴室があり、半分ほど空いた戸の隙間から、浴室の中を何かが横切ったように見えたのだ。
俺はすぐに後ろを振り返る。
洗面台の電気しか点けていないので、洗面所の中はぼんやり薄暗く、浴室は中折れタイプの戸が半分閉まっているため、ほとんど光が届いていない。加えて、浴室の方に振り返ることで、洗面台の電気を背にする形となり、自分の影が浴室にのびるので、余計に浴室は暗く見える。
そのおかげか、見慣れたはずの浴室が不気味に見えてくる。
何かの見間違いだったのだろうか―…
それを確かめるためには、浴室の中を確認するしかない。俺は浴室の戸に手をかけ、ゆっくりと開けた。
戸を開けると、正面に浴室の鏡があり、自分の体が映っている。こういう時、鏡に映るのが自分の体であっても薄気味悪く感じてしまう。それを脇目に見ながら、俺は浴槽の方を覗く。
浴槽は、引っ越してきた当初から備え付けてあったシャワーカーテンを、取り外さずそのままにしていたので、カーテンの空いている奥側は見えたが、手前側はカーテンに仕切られて様子が見えない。
俺はそっと、カーテンに手をかける。今朝シャワーを浴びたので、その時の水滴が渇ききっておらず、カーテンに触ると、水滴が表面を伝って滴り落ちていく。
その様子さえ、怪しく感じてしまう。
さっきより確実に、心臓の音が大きくなっている。まるで世界中が静寂に包まれて、自分の拍動だけが鳴り響いているかのようで、だからこそ、自分の居場所をさらけ出しているように思えて、そのことに嫌気がさす。
緊張で体温が上がって暑いのか、それとも冷や汗で寒気を感じているのか、分からなくて、感覚がマヒしてきた。
だが、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
俺は意を決して、カーテンを開けた。
カーテンの向こう側には、何もいなかった。浴槽を見渡しても、不審な点は何もなかった。
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