1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
〜ミドリさんと私のつづき〜
「…えっ?」
自動販売機でお茶を買ったらミネラルウォーターが出てきた。
(ちゃんと押したよね……)
以前にも同じようなことがあって、それ以来、同じ商品が複数入った自販機では、買いたいものが並ぶ中の真ん中のボタンを押すようにしてる。なのになぜか、お茶のボタンを押したら水が出てきた。そもそもお茶と水の並びは隣り合ってもいない。
(水でもいいけど、味付きが飲みたいな~)
荷物は重くなるけど、あとで飲んで消費すればいいやと、もう一度同じ(であろう)ボタンを押す。
ガコン、と音がして、今度はちゃんとお茶が出てきた。500ml×2本のペットボトルをリュックの両サイドポケットに押し込んで、バイト先である書店へ向かう途中にある公園内の散歩を再開する。微妙に重いなー。なんて思いながら周囲を眺めながらテクテクと歩いていると、ベンチに座る人が視界に入り、
「あ……」
認識と同時に心臓がはねた。
その人はビッグサイズのコットンパンツとTシャツの上にジャケットを纏まとい、初夏の爽やかで暖かな日差しを浴びて、気持ちよさそうに目を細めている。
「…刈安さん……?」
間違えるはずもないが、声をかけていいものか悩んだ結果、少し疑問形になってしまった。
「…あー、鈴子ちゃん」
瞳の調光が上手くいかなかったのか、幾度か強めの瞬きをしてから私の名前を呼んだ。
「こんにちは、お疲れ様です。日光浴ですか?」
「んー? 光合成」
瞼を細め、口角を上げてニコォと笑う。
(可愛いなぁ。猫みたい)
私は刈安さんのことが好きだ。
いつもなにかしらの糸口を探しては会話しようと模索している。仕事中は難しいけど、狭い休憩室に二人きりという状況もなくはない。
素直じゃない私は、嬉しさと恥ずかしさと戸惑いを気取られぬよう、冷静を装う。
「あ、そうだ。良ければ、お水いりませんか?」
光合成といえば、日光と二酸化炭素と水、という中学生の知識が思い浮かんで提案してみる。
「えー、うれしい。いいの?」
「はい」
片方のサイドポケットからペットボトルを取り出して渡すと、
「ん。冷たい」
受け取った刈安さんは目を丸くした。なんだか驚いたタヌキのようだ。
「さっき買ったばかりなので」
「え、いいの?」
「はい」
「ありがとう。ねぇ。時間大丈夫なら座らない? 今日シフト、遅番でしょ?」
隣の空いたスペースをポンポン叩く刈安さんの言葉に甘えて、
「ありがとうございます」
リュックをおろして隣に座り、お茶のペットボトルを取り出した。
「え、2本買ったの?」
気付いた刈安さんが笑う。
「お茶のボタン押したら、お水が出てきたんです」
「えー? 鈴子ちゃんが間違えて押したんじゃないの~?」
「同じボタン押したらこっちが出てきましたもん」
「ほんとかなぁ」
「ほんとですぅ」
刈安さんはおかしそうに笑う。こういうやりとりも本当に好き。
二人並んでキャップを開け、ペットボトルを傾ける。
刈安さんが私を名前で呼ぶのは、特別な感情があるからではなく、バイト先に同じ苗字の人があと三人いるから。だからバイト先の人は皆、同じ苗字四人(私含む)のことを苗字ではなく名前で呼ぶ。
だから、特別な意味なんてない。なのに、刈安さんに名前で呼ばれると、私の心臓はドキドキと反応してしまう。
もっと近付きたいのに、ある一定の距離まで進むと見えない壁にぶつかってしまう。こないだ勇気を出して告白した、と思っていたのは私だけだったようで、進展どころか社員とバイトという関係性は未だ変わらない。
血気盛んではないタイプの私だけど、モヤモヤしたまま可能性を消滅させたくなくて、良い機会だと意を決してみることにした。
「刈安さん」
「ん?」
「こないだ指切りしてくれた約束、覚えてますか?」
「うん。来年からも桜、見たいんでしょ?」
緑色の髪をつまみ、ヒラヒラさせながら刈安さんは微笑む。
「…意味、伝わってました…?」
「んー?……うん。俺のこと、好きでいてくれてるんだよね?」
「う…はい……」
ストレートな物言いに、ドキリと心臓がはねた。そういえば、ちゃんと好きって言ってない。
「すごい嬉しいよ。ありがとう」
「嬉しいだけですか……?」
「んー」
追及する私に刈安さんは少し困ったように笑いかけて、
「だって俺、樹だからさ。きっと色々迷惑かけたり、鈴子ちゃんが思ってるのと違ったりすると思うんだよね」
そして、申し訳なさそうに言った。
でも、それは断るための口実なんかじゃないと思う。そんな言い訳で誤魔化すような人じゃない。だから好きになったんだし。
「じゃあ…そういうの、全部大丈夫ってなったら、どう思ってくれますか?」
もう意地のようになって聞いてしまった質問に、
「好きだよ」
刈安さんが即答した。その唐突な返答の意味をすぐに理解できず、
「えっ?」
うっかり聞き返してしまう。
「え? もう一回聞きたい?」
たまに見せるいたずらっ子のような笑顔で、刈安さんが私の顔を覗き込んだ。
「えっ。もう一回、言ってくれるんですか……?」
「えー? 言わなーい」
足を上げ、ベンチの背もたれに身体を預ける刈安さんは、どこか楽し気だ。
「だからすげー嬉しかったんだけど、気付かなかった?」
「そう、ですね……普段通りだなって、思ってました」
「でしょ? 俺そういうの隠すの巧いんだ」
「そうですか」
いつも見ているのに、その態度に気付かなかった自分が悔しい。
「あともう一個、気付かなかった?」
刈安さんは改めて私の顔を覗き込んだ。
「何に、ですか?」
「指切りしたときの、俺の、触り心地」
言われて、その時のことを思い返す。
最初のコメントを投稿しよう!